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「…………」
「…………」
しかし…――するとこの金髪の男性は、先ほどまで饒舌に自分の推 理 結 果 を語っていたというのに、…突然すっと引いた。
「……そうですか。わかりました。――それが、ユンファさんの真 実 なのですね。」
そうしてあっさりと引いていった彼――先ほどまでの、静かながらも激しい追求の姿勢から一転した男性の態度に、僕は少し驚いた。
しかし、僕がぼんやりしている間にも彼は、僕の隣のほうへとやや体ごと身を傾けており――僕の背後、マスターが居るカウンター席のほうだ――、そして、そのベージュ色の長袖を纏った長い片腕を、軽く上げている体勢となっていた。
「マスター、ちょっと。――追加注文をお願いできますか。」
男性のその呼び掛けに、カウンターテーブルの前に居るマスターが声ばかりで「ええ、どうぞ」とBGMもない静かな店内に合わせた声量で応じた。
しかし男性は「こちらに来てください」と、わざわざマスターをこの席に呼んだのだ。
僕は怖くなり、体を小さくしてうつむいた。
「……、…、…」
そうしていた僕だが、――マスターはその足音からしてもいそいそと急ぎ足でカウンターから出て来たようで、彼は若干小走りで僕たちの側、この店の角のソファ席までやって来た。
「はぁ、…お待たせしました。ご注文をどうぞ。」
そうしてこの角席、僕から見て右手側の、テーブルとテーブルの間に立ったこの店のマスターは――小柄で太った、初老にも差し掛かろうという男性である。
白いワイシャツの上に黒いカマーベストを纏い、太い首元に黒の蝶ネクタイを着けているこの人、たったここまで来ただけで少し息を切らし、その横に広いカエルのような顔に固い表情を浮かべているこの人…彼はこのカフェ『KAWA's』の経営者兼店長、そしてマスター――ノダガワ・ケグリ氏である。
「…そうですね…、何があります? 失礼。メニューを見ることができませんもので」
「えー…そうですね、先ほどのブレンドがお気に召さなかったのなら、黒糖を入れたカフェオレなどもございますし…、…」
「……、…、…」
ケグリ氏が側に居るだけで、僕の動悸は速まる。
彼の容姿を、あえて何かに例えるとするのなら――ヒキガエル、というのが一番ふさわしいのかもしれない。
脂でテカる禿げかかった頭にざんばらな黒髪、広い額までいつもテカテカ…ヒキガエルのような黄褐色の肌、ケグリ氏の顔面にはどこかしこにも、ボツボツと数え切れないイボのようなニキビ跡が大小いくつもある。
その横に間延びしているその顔はまさしく“カエル顔”というようで、特にその厚い唇は大きく真横に伸びており、ときおり舌なめずりをする様は、まるでカエルが獲物をその舌で捕らえようとしているようだった。――この醜い唇に、僕は何度もキスをされた。舌を入れられて口の中をめちゃくちゃに掻き回され、何度もツバを飲まされた。
その大きな両目の白目は黄色く濁り、また脂肪でぶ分厚く茶色い上まぶたにせよ、その下の目玉にせよ、ギョロリと前に飛び出たようで野暮ったく、何よりギョロギョロとよく動く黒い瞳が、いつも僕のことを品定めするような陰湿さを醸し出していた。――僕の体を這うあのねっとりとした視線は、いつも僕の身に悪寒をもたらし、竦ませた。
またまぶたから離れた位置にある、毛並みの揃わぬボサボサの両の薄眉はきっと、生まれてから一度だって整えたことなどないのだろうなんて、僕はいつも邪推してしまう。――それに、なぜかケグリ氏のでっぷりと大きな両頬や、そのギョロ目の周りは、黒いススを擦り付けたように色素沈着しているのだ。
背が低い小太りの醜いおじさん――ケグリ氏の身長は167センチほどだと、ご自分でおっしゃっていた。
ケグリ氏は背が低いほうで、かつ中年太りして突き出た丸いお腹をしている。…いわゆるビールっぱらというやつかもしれない。――そのお腹にのしかかられ、僕の体はいつも押しつぶされるようだ。
そして、そんな体型で白いカッターシャツを着るものだから、僕はいつも彼のワイシャツの小さなボタンがいつか弾け飛ぶのではないか、と思うのだ。
でも、あるいはそうなっても黒いカマーベストを上に着けているおかげで、たとえボタンが弾け飛んだとしても誰も気が付かないか。…あるいは、カマーベストのほうのボタンが先に弾け飛ぶかもしれない。
ちなみに、ケグリ氏がその太い首元に着けている黒い蝶ネクタイは、マスターの証だ。――しかし、それもこの太い首では苦しそうに首が締まっているように思うし、何より彼の二十顎と首元の肉に挟まれた蝶ネクタイは、その半分も隠れてしまっている。
冷静に、客観的に、離れていれば――そうも皮肉的に考えられるというのにな、…僕は、自分でも頭がおかしくなったのだと自覚している。
「…ごめ、なさ…ご主人様、ごめんなさい、お許しください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
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