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「――どうでしょう…?」
ニヤリと深く引き上がってやや割れた、この男性のふくよかで血色の良い唇の間に、綺麗に揃った白い前歯がチラリと見え、そして、その両端に白く鋭利な犬歯が覗いた。
かわしたつもりであった。――ここで僕が嘘を言っても、彼が追い求めている真 実 などどうせ、本当はもう彼の手 の 中 に あるのだ。
そうならば、僕は自分を守ったって構わないだろうと、僕は濁したつもりであったのだ。
「…では、もう少し話を続けましょうか、ユンファさん…?」
「…………」
しかしどうしても、僕の口から真 実 を聞きたいらしいこの人は、柔らかな声で続ける。
「…ユンファさんを普通のカフェの店員とするには、正直、何かおかしいことばかりではないでしょうか。」
「…そうでしょうか…」
そうは答えたものの、そんなことは自分でもよくわかっている。なんなら僕本人が、一番よくわかっていることでもある。――事実僕は、このカフェ『KAWA's』の、普 通 の カ フ ェ 店 員 で は な い のだから。
彼は、静かな低い声ながらも弁舌が良いまま、低くも聞き取りやすい言葉をするすると紡ぐ。
「…それはそうでしょう。――男性器への奉仕に慣れ、いや、むしろそれによって酷使されたような貴方の手…それがたとえ、いわゆるダブルワークによる要因だとしても、私が思うに…」
「…………」
ニヤリ、また彼のふくよかな唇が艶を放ちながら妖しい笑みの形になる。
「…別段カフェに勤務してらっしゃる時間に、わざわざ首輪を着けている必要もないわけですしね…ニップルピアスに関してもそうですが、わざわざ乳首や、ニップルピアスが透けるような制服を着る必要はないはずです。と、いいますか…」
「…………」
「なぜ…ユンファさん個人のご趣味を、この店のマスターがお許しになられているのです…――ふっ…常識的に考えれば、まず今のユンファさんの状態は、風紀を乱すと判断されるようなものではないでしょうか」
ひくり、四角い黒茶のサングラスの上で、彼の形の良い眉がしたりと上がった。
「そもそも、貴方が今身に着けている制服は、マスターがこの店で雇用している、店員のユンファさんに支給しているものなのではないですか。」
「…………」
「…なぜカフェの勤務時間に、遠隔バイブなんて膣内に挿入して働いてらっしゃるのです。…変態行為とのことですが、では、なぜマスターはそれをお許しに? ――私個人の感覚かもしれませんが、そもそもそ れ というのはたいがい、お一人でお楽しみになられる道具とは、私にはとても思えません。」
ニヤニヤとした笑みを口元に浮かべたまま、いやに優雅に傾いたその小さな顔、サングラスの奥にあるそのまぶたは、すっと閉ざされているというのに――僕は、彼の追求する視線を感じるようですらある。
それでも僕は、こう答えるしかないのだ――それが此処で僕に課せられた、義務なのだから。
「…全部、僕の趣味です…、僕は淫乱で、変態のマゾヒストなもので…――マスターは嫌々ですが、彼にお情けをいただいて、彼は僕のいやらしい趣味にお付き合いくださっているんです…」
もうどうでもいい。
たしかその通りだ。僕の真 実 は、…――何だっけ。
いや、みんなわかっていることだ。
この美しい男性も、マスターも、此処に訪れるお客様も、僕も、全員が――そのことが真 実 なのだとよくわかっている。
僕は今、嘘は言って、いない…――?
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