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                 馬鹿オメガ――。    大学院に通っていたって所詮、僕は馬鹿だ。――もちろん、オメガ属がみんな馬鹿なんじゃない。    僕が、馬鹿なのだ。本当にそうなのかもと、最近になって思う。  僕は事実、馬鹿であった。――僕は世の中のことを何も知らない、甘ったれの馬鹿だったのだ。   「…正直、“DONKEY”に関してだけは、自分の借金のためではなくて――完全に、搾取されているだけなんですが…、僕が稼いだお金はすべて、ケグリ氏と()()()…あ、モウラというのは…、…」    もうどうでもいい。――自分のことを話すことで、何が起こるとも思わない。…話して減るようなもんでもない。  ()()()()()()ソンジュさんの前では、真実を言うほかにない人間が僕なのだ。   「…ノダガワ・モウラさんですか。」   「………、…」    え、知ってるのか?  僕がはたと振り返れば、ソンジュさんは瞳を上へ、そして――頬杖を着いていないほうの――手の人差し指を、上へ立たせて。   「その方なら先ほど、上の階でお会いしました。…」    そしてまた、僕へとその淡い水色の瞳を僕へと向けるソンジュさんは、僕と目が合うなり、ほんのりと微笑む。   「…ふふ、いえ。胸に付いた名札に、そのお名前がありましたので。――モウラさんは、“Cheese”というアダルトショップの、店長でらっしゃるようですね。」   「…………」    いや、やっぱり目が見えているんじゃないか。…ていうか、なぜアダルトショップに入店したんだろうかソンジュさん、…このベージュのトレンチコートにワイシャツ、ネクタイ、ベストとかいう、あたかも()()()()()()()()で、なんの用があって、…いや、()なんて一つしかないか――まあ、それはともかく。    ノダガワ・ケグリ氏の次男――ノダガワ・モウラ。    事実血縁関係ではあるそうだが、正直、見た目は父親であるケグリ氏には似ていない。  ケグリ氏はまさしくヒキガエルのような、そうしたカエル顔だが――モウラは、どちらかというとネズミのような顔立ちをしている。  くりくりと目が大きくつぶらで、少し出っ歯の、丸顔――オメガっぽい顔をしているが、彼は僕より少しだけ背の高いベータ男性である。…ただネズミ顔、とはいえ、初めて会ったときに僕は、まるでハムスターのような可愛らしさを彼に感じた。  つまりケグリ氏は結構な醜男だが、モウラはそれほど醜い顔をしているというわけでもなく、…清潔感のある、そこら辺によくいるようなサラリーマン風の、見た目はそれこそ普通の男だったのだ。    そして、僕はその男――モウラに騙されて、“オメガ専門風俗店”でまで働くようになってしまったわけである。   「……もう…どうでもいいんですけどね…」   「…………」   「……、…」    僕は話す前に、覚悟を決めた。  正直、いまだに思い出すと泣きそうになるのだ。      僕はこの『KAWA's』、そして『AWAit』のほかに――オメガ専門風俗店『DONKEY』でも働いている。    それは『AWAit』のない曜日――つまり月・火・水・木曜日にだ。  午後六時に『KAWA's』が閉店、そのあとノダガワ家の皆さんへのご奉仕を終わらせ――そして急ぎ出勤、…ちなみに、『DONKEY』のシフトは午前零時から五時までの勤務だ。    それと、オメガ専門風俗店『DONKEY』での僕の名前も“(ユエ)”だ。――いわゆるデリバリーヘルスだが、その勤務内容はほとんど高級ソープと同じようなものである。    正直、何でもありなのだ。  オプションを付ければ本番行為も許される。というか、その実ほとんどの客はそのオプションを付けるのだが。それというのは、()()()()()()、スキンの着用を義務付けられている。  それでも、ほとんどの人がナマで僕の性器に挿れたがる。さすがに僕は知らない人なら断っているものの…――それが『AWAit』の会員であったりすると、「自分を無下にしたとご主人様に言いつけるぞ」なんて脅されて、そのあとは「店にナマナカの話言っちゃおうかな」と脅されてしまえば、…僕は許しざるをえない。    何でもありだ。…わざわざSMルームに呼び出して、僕を調教する人もいる。ナマナカなんてむしろ可愛いほうで、むしろ生挿入中出しなんてほとんど毎回では、さすがに僕だって慣れもする。…それよりもよっぽど、苛烈な暴行の調教をされるほうが僕は、つらい。  何なら、店長もそのこと(ナマナカ)を知っていて、黙認している。…言いつけられたときにはさすがに、ルールだからとペナルティ(罰金)が課されるが、基本的には全部知っているのだ。――なぜなら店長も、モウラと繋がりのある()()だから。    またその人らは、僕の容姿が()()()()()であるからと、普段アルファに感じている鬱憤を僕にぶつけてくる人もいる。――つまりその人らは、()()()()()()()()()()つもりで、僕を無理やりじみた扱いで犯すのだ。…あるいはアルファを犯している、という背徳感を楽しんでいる人もいる。  僕はもちろんオメガだが。――彼らが突っ込んでいるのは、オメガ男性であればこそある、僕の膣なんだが。    あとは変に僕に優しくし、プライベートでも会おう、なんて言うモノ好きもいる。――本当に変な人たちばかりだ。…ただ『DONKEY』はキャストとお客様同士で、個人的に連絡先を交換することは禁止されているため、僕は「ユエくんの連絡先教えて」と言われても、それを口実にすべて断っている。    ちなみに『DONKEY』は、万が一をかんがみてオメガ排卵期中の一週間は勤務停止になる。――が…しかしそれも、僕には『AWAit』のイベントがあればもはや、関係のないことだ。    では、僕がなぜ――その『DONKEY』で働くようになったのか?     「…本当、本当に…情けない話なんですが…――。」      ――話す、覚悟を決める。           

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