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「別に…辞めたっていいでしょう。…それともなんです、ユンファさんにとっては、あ れ が 。…本当にやりたいお仕事だとでも、言うのですか?」
ムスッとしたソンジュさんは、やはりどうも拗ねているようしにか見えない。――しかし僕としては明確に、そうではないのだが。
「…いや、“AWAit”がどうこうというより、…僕が気がかりなのは、僕が仕事をしなくなってしまったら、――僕の、家族が…、家族が心配なんです、生活できなくなってしまうんじゃないかとか、何か、…されるんじゃないかとか……」
「…………」
ソンジュさんの刺さるような視線が、僕の伏せ気味な横顔にじーっと注がれている気配がする。――正直、とんでもない威圧感だ。…でも、それでも僕はもう意思を曲げるつもりはない。
「…僕が働くことによって、毎月生活費を、彼らに送れているんですよ…、それなのに、そんな、そんな無責任なこと…――で、できません、そんなこと…、僕はもう、此処からは逃げないと決めたんです。」
僕は意図的に、固い声を出してそう言った。――ソンジュさんに、自分の固い決意を伝えようとしたのだ。
しかしソンジュさんは、「あぁ」と低く声を出し、そして僕の横顔に、何か…信じられないくらい、簡単に。
「…なら、私がユンファさんの、ご家族の生活費をお出ししますよ。」
「……、…は…」
何、言ってるんだ、…この人?
僕は思わず彼へと振り返った。――神妙な顔をしているソンジュさんは、その濃茶の凛々しい眉をひょいと上げ。
「…むしろ私なら、おそらくはあ の 醜 男 よりも安定した金額を、毎月お出しできるかと。――もちろん、口約束で済ませるつもりもありません。…一筆書きましょうか?」
「……、…」
えーと…つまり、――ソンジュさんは、僕の両親の生活費を、(今醜男 を悪口を言われた)ケグリ氏の代わりに出してくださる。…ただしその目的は、…僕を自分の家に連れて帰りたい、ということ。
で…――いや、なぜそこまでするんだよ、
「…いえぁ、あの、なぜ…そこまd……」
「それで? ユンファさん、ほかにはありますか。――ほかに、私の家に来られないご事情があるなら、どうぞ聞かせてください。」
「………、…」
圧。丁寧な口調のわりに、酷い圧を感じる。――もはや執着心さえ感じる。……僕は、この人に着いて行ったら、いったい何をされてしまうんだ?
犯されるよりももっと酷い目に合うんじゃないか…と、不安に思う僕は、――そうだ、と。…顔をまた伏せ気味に、緊張をしながらも。
「僕、実はこの店以外にも仕事をしていて…その、…」
いや、何をされるかわからない不安から切り出したことだが、…この件は事実、放り出すわけにはいかない、ある意味でうってつけな理由だった。
「…実は…“DONKEY”というオメガ専門風俗でも、僕は働いていて…――仮に、その店に出勤できないとなったら、その、罰金のペナルティがあって…それに、万が一辞めるとなっても、物凄い額の違約金が発生してしまうので……」
ただ、僕は自分でこう言ってから気がついた。
もしこれでソンジュさんに「なら私の家から“DONKEY”に出勤すればいいじゃないですか」と言われたら、それで終わりだと。
しかしソンジュさんは、意外にもそうは言わなかった。まだ、ということかもしれないが。
「…あぁ…あの有名な、高級風俗店ね。――しかし、なぜそこでまで働かれるようになったのですか。…」
「…………」
そう…どうもまた僕は、意外なところでソンジュさんの、その好 奇 心 と い う 作 家 魂 に火をつけてしまったらしいのだ。
「正直ユンファさんは、もう十分、この店で働いてらっしゃるように思いますが。」
「……ぁ、僕…、その…実は…――。」
僕は話し始めた。――何かもう、いっそヤケだ。
好意ともなく、また悪意ともない気持ちだ。――つまりソンジュさんへ、自分の過去を話すことによって生まれる弊害も利益も、なにも頭にない。…ましてや嘘が嘘だとわかるようなソンジュさんには、もう全部話すしかないような気にさせられているのだ。
「…はっきり言えば…僕が馬鹿で、――騙 さ れ た んです」
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