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          「…グゥゥゥゥ゛……」   「……、…っ?」    僕はうつむいて、すっかり自暴自棄になっていたが――その調子の話を、僕の隣で黙って聞いていたソンジュさんが、…いきなり唸った。  いや、人間が唸ったというより(いやいや、彼はたしかに人間なんだが)、…本当に、威嚇する狼の唸り声そのものだったのだ。  それに驚いてハッと振り返れば、その朱色の唇の端をヒクヒクとさせ、尖った白い犬歯をチラチラ覗かせながら――ソンジュさんは、本当に…威嚇している狼のような、険しい顔をしていた。    ただ、…僕と目が合うなりソンジュさんはハッとした顔をした。――そして「んんッ」と気まずそうに咳払いをし、片肘をテーブルに掛けながら、ふっと横へ顔を向けた。…ソファ上の絵――赤いボディコン金髪美女――を見ているふうだが、どうも僕には、今の唸り声をごまかしているようにしか見えない。    正直、僕はアルファ属の人に初めて会ったのだ。  確かに彼らアルファ属は、()()()()()()()()()とは聞くが――こうして人間の姿のときにもその、()()()()が垣間見えてしまうものなのだろうか?    と…いうか。   「…、ソンジュさん…今、怒ってらしたんですか…」    狼ということを基準に考えると――そう考えてよいものかもわからないが――今、()()()()に威嚇していたというか、…怒っていた、というか。  僕が怒らせてしまったのか、と恐る恐る聞くと、――ソンジュさんはパッと焦ったような、やや裏返った声で。   「…あ、いえっ? いいえ怒っ…ては、いや、――まあ…、そう…、グッ…ゥゥゥ゛…」   「…………」    しどもどと、やけにうろたえている。で、また顔を険しくし、短くもまた唸っている。  そして、ソンジュさんはやや恥ずかしそうな、気まずそうな顔をして、はぁ、と目線を伏せつつため息をもらし、少しほつれた前髪を後ろへと撫で付け――るが、そのホワイトブロンドの髪に迎合することのない、その短い前髪は、またぴょろん、と彼のなめらかな象牙の額に落ちた。   「……、ふふ…」    ソンジュさんはかなり美麗な紳士なのだが、その姿に似つかわしくないコミカルな状況に、僕は思わず、少し笑ってしまった。  するとソンジュさんは、ハッと僕に振り返り――僕の顔を、じいっと見つめてくる。   「……、…」   「……?」   「………、…」    ソンジュさんは僕を見て、少し切ない顔をしている。  そんな顔をして、僕の顔を見つめてくるのだ。――僕が笑ったからだろうか。   「…、ごめんなさい、笑ってしまって…思えば、失礼でした」   「…えっ? あ、あぁいえ、…そうでは…」   「そうではなく、」と目を泳がせるソンジュさんは、僕の手を掴むようにして握り、――目線を伏せたまま。   「き、綺麗だ、なと…思いまして…、ユンファさんは、笑っていても、本当に…――今は正直、見惚れてしまったのです…」   「……、そうですか…、…」    僕は、またソンジュさんから顔を背けて、俯いた。――もう騙されたくはない。  いや、それは大丈夫だろう。――僕はあのときのように、今ソンジュさんに褒められても別に、少しも嬉しいとは思わなかったのだから。   「…………」   「…………」    ソンジュさんは、僕の横顔を見つめているようだ。  ――どうして、そんなに見てくるんだろうか。…どうしてそんなに、優しくしてくださるのだろうか。      僕は、やんわりと握られたままのソンジュさんのぬくもりに、いぶかしい気持ちしかない。――素直になれたらいいのに、本当に卑屈で面倒な奴だ。…可愛げもない。本当、最低だ。      どうしてそんな僕なんかを、ソンジュさんは――。         

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