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               ちなみに、僕たちの国ヤマトでは、その昔ヤマトアルファ(大和日本国(やまとにほんこく)にはじめから存在していたアルファ)同士の近親婚の繰り返しによって、一度“ミコトアルファの血統”の存続の危機に瀕したことがある。    そして、昔はどの国もまだ盛んに戦争を繰り返していたのだが、その時代、その戦争の勝敗を握るのは“(国内の)アルファの数にかかっている”とまで言われていた。  アルファ属は身体能力にしろ知能にしろ高い上に、他種族よりリーダーシップに長けており、また本能的に好戦的であるアルファ属は軍隊の上官にも多かったため、どの国においても戦争に、アルファ属は必須だったのだ。――つまり、そうして国に重要なアルファ属の数が減っていくということはすなわち、大和日本国の滅亡をも意味していたのである。    ならば、なんとしてもアルファ属の絶対数を減らすわけにはいかない――そう苦心したヤマト王族は、隣の蘭韓国(ナンハンこく)(通称ナンハン)や紅華国(こうがこく)(通称ホンファ)に助けを求め、アルファ属の王族や貴族を、ヤマトオメガ(ヤマト国にはじめから存在したオメガ)と交換するという条件で迎え入れ、“ミコトアルファの血統”を守ったそうだ。    また、ちなみにお隣のホンファでは、昔からアルファとオメガがつがうことによって、高確率でアルファ属が生まれるということを知っていた。それはホンファと隣接したナンハンも同じであった。  そのため、ホンファやナンハンでは伝統的に、アルファの夜伽の相手(ちなみにナンハンでは“守廳(スチョン)”、ホンファでは“侍寝(スーチン)”というらしい)に、オメガを宛てがう風習があったそうだ。    そして、そのことを迎え入れたホンファ、ナンハンアルファから聞いたヤマトアルファは、そのシステムをヤマト王家にも正式に取り入れた。――そうして、この国のオメガ属のその全員に、“夜伽(ヤガキ)”という称号が与えられることとなったのだ。  また余談ながら僕らは、大和日本国にはじめから存在していたアルファを、“ヤマトアルファ”――ナンハンなど、他国の王族や貴族のアルファと子孫を残していったアルファのことを、“ミコトアルファ”と呼んで分類している。  厳密にいうと、ヤマトアルファのことをミコトアルファとも呼ぶことはあるが(王族であったころのヤマトのアルファは“○○の(みこと)”というように名付けられていたこと、そしてミコトアルファという名称は、ヤマト国民のアルファ属という意味合いでもあるため)、こういった歴史を語るさいにはそうして、便宜上分けて呼んでいるのだ。    さて…――それらを踏まえるに。   「…あー…思うに、アルファのイメージは、王族ヲク家、という感じでしょうか…? なんというか、ロイヤルな……神様の子孫…?」   「…ふっ…」   「…………」    隣のソンジュさんには鼻で笑われた僕は、彼のタバコの香りに甘いバニラの香りが入っていることに気が付き、…いや、そんなどうでもいいことに気が付き。  駄目だ、もう少し何か言えないかと――思考を巡らす。    さて…――。  そうして“血統”を守り続けてきたこの国のアルファ――現代のヤマト国民であるアルファのほとんどは、“(ヲク)”というミドルネームを持っている。…ソンジュさんもこの“ヲク”という名前を持っているが、これは厳密にいえば、隔世遺伝で生まれたアルファ属には割り振られないものだ。    この“ヲク”が名前に入っているアルファはその昔、“神の一族”とされていたヤマト王家――“ヲク家の子孫”、という意味を持つのだ。…ただし、そもそも隔世遺伝で生まれるアルファのほうが少ないため、我が国のアルファはほぼヲク家の人々である。    とはいえ、ヲク家の人々は、もう王族ではない。  僕たちの国ヤマトは、戦後に身分制度を撤廃した国であるからだ。――とはいえ、もちろんヲク家の人々は優秀な能力を生まれ持っているアルファであり、そのお家柄の良さのみならず、その優れた資質から今も名家のままだ。――つまり名前ばかりではなく、ブランド負けしない、実績もある名家なのだ。    ちなみに、今はソンジュさんの名字のように、九条…と、条が付くミコトアルファなのだが――もともとは一ノ宮、二ノ宮、というように宮が付く名字であった(もとは一ノ宮〜十ノ宮まであった)。  これは神様のお社を数えるのと同義であった。簡単に言うと一ノ宮ヲク家が一番偉く、そのあとに二ノ宮、三ノ宮と続いて、順位付けされていた。――しかし身分制度がなくなった時点で、ミコトアルファの順位付けも不要となったため、彼らの名字は一条〜十条というように変更されたのだ。    そして…ヲク家の人々は、後世のヤマトにアルファ属を残すという使命を背負っているためか、いまだに“ミコトアルファの血統”を残すために尽力しているらしい。――というのもヲク家は、元々は一〜十ほどあった分家が、今や五家にまで減ってしまったからだ。   「…ぁーあとは…歴史的に、大変な目に合われたんだなと…、そういう……」   「大変な目、ね。――ふ、自業自得ですよ。」   「…………」    まあ確かに自業自得ともいえる、のだろうか――いや、大変な目には違いないだろう。    先にも思うように、一ノ宮〜十ノ宮あったヲク家(ヤマト王家)なのだが、もともとは一ノ宮ヲク家が王位継承権一位、というように、王家のなかにも上下関係のようなものが存在していた。――しかし身分制度の廃止により、宮家が条家へと変更され、王家そのものが王家とされなくなると同時に、そのヲク家に存在していた順位付けもなくなった。    ただ、それに納得できなかったのは一条ヲク家だ。  自分たちが二条〜十条ヲク家のリーダーである、ということに、一条ヲク家は固執しつづけたのだ。    あくまでも自分たちだけが王族であり、ほかの二条〜十条ヲク家はそうではない、と見下しはじめた。――とはいっても、もう一条から十条はシステム上は平等となっており、ヤマト国民を束ねるための、いわば大和日本国のリーダーを務める王位もなくなっているため、とうぜん他の条ヲク家からは不満が噴出した。    そうして彼らは、一条ヲク家対する他の二条〜十条ヲク家の間で、国内戦争を始めたのである(なお、その戦争には兵士も含めて多くのベータ属が犠牲になった)。  ちなみに、もともとアルファ属は遺伝子的にも好戦的、かつトップを取りたがる気質があるそうで…それでいて、トップを求める気質もあるらしいが…――とにかく。    その戦争の結果は、というと…――もちろん多勢に無勢、いくら一条ヲク家が優秀なアルファ属であろうとも、相手もまたアルファ属であっては、結局、その戦争によって一条ヲク家は、滅亡することとなった。         

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