79 / 689

9

                たしかに僕は、その“狼化”したアルファ属の人に会ったことがない。…そのため、どの程度彼らがその期間中本能的になっているのかがわからないので、先ほどは何とも言えない――と、濁したはいいもののだ(とはいえアルファ本人に、そうですね、正直怖いです、なんてはっきり言う勇気がなかったのもあるのだが)。    とはいえ、…まずは原理からだが――。  まずオメガ属のうなじには、ひと際“DNAの情報”が多いとされている(オメガ属の体の中で、一番フェロモンを出している部位でもある)。――そして、アルファ属がオメガ属のうなじに噛み付くことによってそこから流れ出た、オメガ属の血を舐め取る。……すると、アルファ属の体にオメガ属のDNAの情報が取り入れられる。  また、逆にオメガ属の体も――アルファ属が狼化した際、普段よりも鋭く発達したその牙を、DNAの情報が多いうなじに刺し込まれている。…すると、その牙に付着しているアルファ属のDNAの情報は、オメガの(自らのDNA情報が多い)うなじの肉から直に取り入れられる。    そうして、お互いの“濃いDNA”を交換したアルファ属とオメガ属は――アルファ属は狼化しているし、オメガ属もまたオメガ排卵期状態であるから、全身の血流が大変良くなってもいる。  そのため、その交換し合ったDNAが、血液と共に全身に回ってゆき――さらにそのまま、アルファ属に膣内で射精されたオメガ属の体は、“(うなじを噛んだアルファと)つがうこと”を受け入れた、というのを示す生理運動を始める。    それを具体的にいえば…アルファ属にうなじを噛まれたあとに、膣内射精をされたオメガ属の膣や子宮は、アルファ属の男性器から放たれた精液を一滴残らず“搾り取る”ような、そうした独特で激しい“生理運動”を起こすそうなのだ。――またそうして、うなじからの(そのアルファ属の)DNAの情報を知っている状態で、オメガ属はさらなる、そのアルファ属のDNA…つまり、精液を体内に迎え入れることとなる。    またアルファ属のほうも、射精している状態の男性器に受ける、オメガ属のその“生理運動”によって本能的に、“(自分はつがいとして)受け入れられた”と体が判断する。    するとそれが――そのアルファ属とオメガ属のDNAの、“つがいとしての書き換え開始”のサインとなるそうだ。 (ちなみに、この“つがい”になる瞬間の射精によって、オメガが妊娠することはない。)    そうして“書き換え”が始まった両者の体は、お互いのDNAが全身の細胞へと、徐々に刻み込まれてゆき(約二百日、半年程度で完了する)――ことにオメガ属は、“つがい”となったアルファ属のDNAが、オメガ属の体内で作り出される卵子にも反映されるために、その“つがい”のアルファ属の子供しか妊娠できなくなる(“つがい”のDNAとしか卵子が結合しなくなる)。  またアルファ属のほうも、“つがい”となったオメガ属のことを守ろうという本能が芽生えるために、そのオメガが自分の近くに居ない状態であると漠然とした不安に襲われ、常に“つがい”のオメガを自分の側に置こうとするほか、心身ともに“つがい”のオメガへ何かしらの危害が加えられたと思うと、他者に対していちじるしく攻撃的になってしまうという。      が…――ここまでは、まあ、ともかくなのである。 (まあもちろん、ここまででも十分無理やり“つがい”にされてしまっては、倫理的にかなり問題ではあるのだが。)    ただし――オメガ属は、その“つがい”となったアルファの子供以外を妊娠できなくなる一方で…――アルファ属には、“できるだけ多くの子孫”を残す本能があるために、アルファ属が“つがい”となれるオメガ属の数に、制限はないのだ。  つまりこれを言い換えるのならば、オメガ属にとってはその、“つがい”は一生に一度、たった一人、ということであるが――一方のアルファ属にとっては、一生のうちに作れる“つがいの一人”でしかない、という。    この“つがい”のシステムには、アルファ属に比べて、オメガ属には何とも不平等な差異があるのである。    ちなみに、このヤマトの国の方針からも、アルファ属はかなり優遇されている。――もともとは王族であったミコトアルファたちは、当然のように正室、側室と一夫多妻制(一妻多夫)であった。  その名残りは現代にも残っており、また、優秀なアルファの子孫を多く残してほしいという国の方針から、アルファ属に生まれた者のみ法律上で一夫多妻、あるいは一妻多夫の状態となることを許されているのだ。    つまりこれを簡単に言えば、アルファ属は何人とでも結婚することができるのである。 (ちなみにアルファ女性、オメガ男性といった両性具有者が存在しているため、ヤマトでは同性婚が認められている。その都合上、もっと細かく言えば一夫多夫、一妻多妻の場合もある。)       

ともだちにシェアしよう!