80 / 689
10
――しかも、それだけではない。
その、アルファ属とオメガ属にのみ存在している“つがい”というシステムは――もっとアルファ属ばかりが優位な、言ってしまえば不平等な要素が、もう一つあるのだ。
それというのは――オメガ属にとっては、何とも悪いことに――アルファ属のみ、その“つがい”の関係性を、解除することができるのである。
“つがい解除”をする方法はその実、近年までは両者になかった。――しかし医学の発展により、特別なそれ専用の薬を飲むことによってアルファ属のDNAの中から、“つがい”のオメガのDNA情報を消すことができるそうなのだ。
そもそも、もともとがオメガ属より、アルファ属のほうが“つがい”となったあとの制約も軽く、また、アルファは複数のオメガを“つがい”にすることもできる。
そのため、刻み込まれているDNAの情報が、よほどオメガ属よりアルファ属のほうがもろく、また浅いために、こうしたこと――アルファの体内に組み込まれたオメガのDNA情報を壊し、消滅させること――が可能になったのだという。
まあその薬は、特定のオメガのDNA情報を消すというだけあって、特注、かつかなり薬価は高額だそうだ(なお保険も適用されない)。
が、とはいっても――そもそも、優秀なアルファ属として生まれている時点で、まず金には困らない人たちばかりであるため、総括的に見てもアルファのほうは気 軽 に 、“つがい解除”ができてしまうと考えてもいいことだろう。
ちなみに、そうして“つがい解除”をしたあとであっても、再度“つがい合う”ことによって再び“つがい”に戻ることはできるそうだ。
しかしそれにしても、“つがい”とされたオメガにしてみれば、そうやすやすと“つがい解除”なんてされた日には、たまったものではない。――オメガ属には“つがい解除”の方法がなく、またアルファの“つがい”とされた時点で、オメガ属は死ぬまでそのアルファの子供しか生めなくなるのだ。
言ってみれば、オメガ属にとってのその“つがい”という関係性は――“つがい”のアルファに、“自分の人生そのものを捧げている”ようなものなのである。
それこそ一生面倒を見てもらうほかない状態だというのに、だ。…そうしてあっさりアルファに捨てられてしまったオメガの精神的負担は、やはり大変大きなものであるそうで――人によっては絶望のあまり自死を選んでしまうなど、この件は、かなり深刻な倫理的問題を抱えている。
しかし、だからといってアルファ属の、その“つがい解除”の薬が禁止されるようなことはない。
なぜかといえば、やむを得ない事情…――たとえば、“つがい”のオメガが先に死亡してしまった場合や、“つがい”であるオメガのほうから離縁を切り出された場合、とつぜんオメガに逃げられてしまった場合などにおいて、その“つがい”のオメガが、アルファの側に居ない状態が作り出されるためだ。
すると、その“つがい”のアルファの精神的苦痛はかなり大きく、それこそアルファのほうはその状態で、自死を選んでしまう人もいるそうなのだ。
そのため、その“つがい解除”の薬は現在、“なぜ解除したいのか”といった両者の状況をしっかりとヒアリングし(可能であればアルファオメガ両者から)、心理鑑定等を経て、医者が慎重に見極めたのち――“解除はやむを得ない”と判断した場合にのみ、処方されるのだという。
とは、いってもだ…――そうはいえども、アルファ属には少なくとも、その“つがい解除”の選択肢がある。
しかしオメガ属に、その選択肢はないのだ。――一生に一度の選択、それこそ離婚ができる結婚よりも慎重な判断を要求されるのだ。
そうしてオメガ属にとって、かなり“つがい”というのはシステム上も不平等かつ――それこそ本当にオメガとしては、時間をたっぷりかけて慎重に判断したいものではあるのだが、…いくらオメガ属の絶対数が少なく、また同様に少ないうえ、ほとんどが上級国民であるアルファ属と会う機会はほとんどないとしても、しかし、それでも僕らは、住んでいる街を属性で、完全に分けて暮らしているわけでもないのだ。
つまり――狼化したアルファ属を野放しにされてしまったら、自分がオメガ排卵期中に、たまたまその狼化したアルファ属と出会ってしまったら…――そう悪いように考えてしまうのは、僕がネガティブすぎるだけなのだろうか?
たまたま街でばったり出会った狼化期間中のアルファに、本能に抗えなかったからと僕らオメガが“つがい”にされてしまったら、たとえそれでそのアルファが犯罪者として扱われたとしても――被害者であるオメガにとっては一 生 に 一 度 き り を賭けたシステムであるために、それで加害者が法によって裁かれたところでももはや、賠償金を何億支払われたとしても、オメガ属にとってはもう決して取り返せるものではない。
アルファの一時の間違いで犯されて、“つがい”にまでされてしまうかもしれない僕らオメガ属にしてみれば、たまったものじゃないのだ。――当然アルファ属だから善人ばかりなんて、そんなことあるはずがないだろう。
そりゃあ、当たり前に恐ろしいのである。
そもそも、“つがい”という関係性自体、わりに面倒なことも多いのだ。――それこそ後悔はつきものというか、一時の感情で“つがい合う”なんて一般的にも愚行とされるようなものであり、いくら“狼化”、“オメガ排卵期中”と両者が比較的本 能 が 強 く な っ て い る 状 態 であったとしても、“つがい”になるかどうか、という判断は、かなり理性的に、慎重に決断するべきものだ。
ちなみにそのため、たとえカップルであろうが夫婦(夫々、婦々)関係であろうが、僕たちの国ヤマトでは政府が『“つがい”になるかどうかは慎重に決めましょう。一時の感情で判断しないようにしましょう。お互いに何度も話し合ってから決めましょう。アルファが無理やりオメガを“つがい化”することは犯罪です』――といったキャンペーンを大々的に打ち出し、また学校教育においてもその内容を、保健体育ですべての種族が履修するのだ。
が、そんなことを言っている国の政治家たちがあわや、自分らの利益のためだけに狼化したアルファを野放しにしよう、なんて国会で真剣に話し合っていると思うと、いよいよこのヤマトはもう終わりなのかもしれない。
たしかに狼化したアルファ属を、一週間も自宅軟禁することは国や世界にとってデメリットが大きいのだろう。
世界における、優秀なアルファ属の重要性は、これでも重々理解してはいるつもりだ。…が――しかしオメガ属としては、その議論そのものがまず、僕らオメガのことをまるで視野に入れていない議論だ、といって過言じゃないことを、国会議員の人々ははたして、本当に理解しているのだろうか。
ともだちにシェアしよう!

