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「…ユンファさんは…“つがい”について、正直――不平等だとは思いませんか。」
「………、…」
え、と僕は隣のソンジュさんへと顔を向けた。――彼は何かニヤニヤとして、その淡い水色の瞳を妖しく光らせている。
「…実のところ、アルファ属ばかりが優位な関係性、ともいえるでしょう。――それに近頃…“狼化期間”の休暇を、短縮しようなんて馬鹿げたことを言っている者がいますが…、クク、オメガ属のユンファさんとしては、正直どう思われます…?」
「…ぁ、あー……」
そりゃあ思うが、…というか今しがたまでその件を考えていたのだが、…アルファ属の人を前に、さすがにそこまで素直になれはしない。――はいそうですね、オメガ属ばかりが縛り付けられて、アルファ属は気楽なものですよね、国会で話されているけど、正直迷惑な話です、なんて、か?
「……、…」
とても言えないだろう、そんなこと。
しかしソンジュさんは、頬杖をついたままでこて、と顔を傾け、…にやりとその、目尻がタレがちな切れ長の目を細めて、僕を見てくる。
「…ふふ…私がアルファ属であろうと、ユンファさんはお好きなように発言をする権利がある。――怖い、不平等だ、嫌だ、とね。…そうして黙り込むからこそ、オメガの声が、この世の中から抹殺されるのです。」
「…そうかも、しれませんよね。たしかに…」
僕たちオメガ属の声は、僕たちを守ろうとしてくださるベータ属の人々によってやっと、声になる。――当事者として声をあげたとしても、そういうところばかり一個人の声、とされがちなのだ。
僕はあえて目線ごと顔を伏せ気味に、
「…正直この件に関しては、国は、オメガ属のことを考えていないんだろうとしか思っていません…――こんなこと、アルファのソンジュさんの前で言うべきじゃありませんが、僕が思うに…善悪は、持って生まれた分類だけでは判断できないものですから」
そう言った。…自然と眉が寄ってしまったから、僕は顔を伏せたのだ。――そうは言えども、アルファ属であるソンジュさんが悪いわけでもなく、彼個人を責めているようになってしまうのは、僕は嫌だったのだ。…アルファ属、アルファ男性、というのはすなわち、ソンジュさんという人の一部分でしかないのだから。
「たしかに犯罪率が一番高いのは、ベータ属の人々です。…ですが…オメガ属の中にも、アルファ属の中にも、悪人はいるはずです。――属性や性別だけで判断できることは、ありません。…性別関係なく、アルファ属の人々が、オメガ属の人を襲う可能性は、あると思います。」
そんな僕に、ソンジュさんはかろやかな声で。
「…それは当然の考えかと。――ところで…ユンファさん。質問が四つになってしまうのですが、一つ…軽い質問、よろしいですか?」
「…ええ、どうぞ」
そして僕がまた振り返ると、ソンジュさんはやわらかな微笑みをその端正な顔に浮かべて――こう聞いてきた。
「ユンファさんは…――“運命のつがい”に対して、どのように思われていますか。…」
「…え…? ぁ、あぁーそれは、…正直、ほとんど、伝説のようなものかと…」
僕がそう答えると、…なにかしたりと目を細めて妖しく笑うソンジュさん。
「ふ、つまり…――ユンファさんは…“運命のつがい”などフ ァ ン タ ジ ー だと、そのようにお考えなんですね。…」
「…ぇ、ええ、僕は正直、そのように思っていますが…、…」
なん、なんだろう…?
ソンジュさん…やけに強気な笑顔というか、意味ありげというか、…何かしらの思惑がありそうというか…――妙な感じだが、…ともかく。
僕は顔を伏せ、何かおかしなことを言っただろうかと、その件について思考を巡らせてみる。
まとこしやかに囁かれている、その“運命のつがい”――それはまあ、一 応 は 本当にあるもの、らしいのだ。
この“運命のつがい”というのは一応、何もおとぎ話の中の運命の人、というようなファンタジーではない。…きちんと生物学的に、オメガ属とアルファ属のDNAの相性が神がかり的に良く、遺伝子的に百パーセントの相性を持っている両者のみがなれる…――という、いわば“肉 体 の 運命の相手同士”といった関係性である。
そしてなんと、その“運命のつがい”であるアルファ属とオメガ属の関係性においてのみ、アルファ属は――“つがい”を増やすことは物理的には可能であるものの――他のオメガ属に対する目移りを、することがなくなる。
つまり、“つがい”になった際のアルファ属の本能が、その“運命のつがい”であるオメガ以外の、他のオメガに対しては働かなくなり――それどころか“運命のつがい”となると、アルファはその“つがい”のオメガ以外に、性的な興奮さえもできなくなるそうなのだ。
また、この“運命のつがい”である場合は、なんとアルファ、オメガ両者ともに、“つがい解除”、離縁したい、なんて思考には、まずならないらしい。
しかもさらに…それこそファンタジー、かなり信じられない話ではあるが――“運命のつがい”となったアルファとオメガは、セックスをするたびにお互いのDNAが刺激され、そのことによってミトコンドリアが活性化し、たびたび全身の細胞が生まれ変わったかのように健康化され、老化現象が起こらなくなり…その結果、なんと。
不 老 長 寿 と な る …らしい――。
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