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              「今、私はユンファさんの顔に――気高き銀狼(ぎんろう)をしかと見ました。…なんて賢く、思慮深い人か…」   「………、…」    なんだ、それ。――目を丸くしてしまった。  僕は、いま自分の意見を好き勝手言い募っていただけだ。  つまり、世間一般論にくらべて独特ともいえる自分の考えを、ただ一方的に主張していただけなのだ。  もうソンジュさんに気に入られようとか、そういう感情もまったくなく――ソンジュさんにとっての最適解を言っていたつもりが、僕にはまるでない。    それこそ昔からよく思っていた持論を、僕は今そのまま口にしただけなのだ。――しかしソンジュさんは僕の両手を、そのあたたかい両手で包み込んだまま、こう食い気味に続ける。   「…素晴らしいです、ユンファさんはきっと元来快活で、ご自分の考えをお持ちの人であったんでしょう。――いや完璧だ、…なんて素晴らしい人なんだろうか、貴方は」   「………、…」    完璧…? 何が、完璧、なんだろうか。  いや、まあとにかく、――なぜかはわからないが、とにかくソンジュさんは、僕の考えが気に入ったらしい。   「…なんて賢く、心優しい人か…――貴方のその魂の高潔さは、やはり紛い物ではなかったようですね。…」    うっすらと頬を紅潮させ、興奮気味に目をキラキラさせているソンジュさんに、――若干引き気味の、僕だ。   「…ぁ、あの、いえむしろ、正直曖昧な返答ばかりで…」    むしろ僕の返答は、考えのない人のような…――ある意味では日和見的な返答ばかり、ではなかっただろうか。  と、言おうとすればやはり食い気味に、ずずいっと前のめりが更に。――近い。と、僕は少し後ろに引く。   「…いいえ、とんでもない。…賢い人ほど、善し悪しを一言では言い表せないものなのです。…」   「…はあ…」    そしてソンジュさんは僕の目を見ながら、したりと自信有りげな笑みをその美貌に宿す。   「…賢い人であればあるほど、両側面に考えが巡るものです。つまり、固定概念では語らない…たとえば、戦争によって生まれた利益、道具、英雄…――それは、戦争がなければ生み出されなかったものだ。…それこそ、私たちが日常的に使っている、便利なキッチンラップなんかもそうですよ。」   「…あぁ、そうですね、確かに…」    まあたしかに、今でこそキッチンラップというのは僕らの日常に欠かせないものとなっているが――ラップの前身であったものは、もともと戦争に活用されていたものなんそうだ。  たとえば弾丸や火薬、銃などを湿気から守る、戦士の蚊帳など、そうして湿気が多く蚊の多いジャングルなんかでの戦争では、たいへん重宝されていたとか。    それにしてもソンジュさん――楽しそうだ。   「…しかし世論では、戦争は、何よりも悪いこととされていますよね。――いえ、もちろんそれが間違っているというんじゃないのです。…ただ、たしかに自分たちは、戦争が起こったことによって生まれたそのメリットを享受し、この現代において生活している…――そのように、一つの物事の善し悪しを簡単には語れない、という考えに行き着く人は、本当に賢い人なのですよ。」   「…はは、ありがとうございます…」    正直その褒め言葉は、シンプルに嬉しい。  僕はずっと、賢い人でありたいと思っていたのだ。――まあ今となっては、自分で「僕はセックスのことしか考えていない馬鹿オメガです」なんて言うようにはなってしまったが。  しかし、そんな僕を知っている上で、僕が馬鹿だと言われるオメガ属の、しかもそれらしくセックスばかりしている性奴隷だと知っている上で、――そうやって僕の考えを賢いと言ってくださるなんて、僕の考えを肯定してくださるなんて、…本当に、実は――凄く、嬉しい。   「…ふふ…ユンファさんはその点、自信を持たれてよいかと。…」   「…はは…、……」    いや、なぜかべた褒めで気に入っていただけたようだが、…ところで…――何の、確認だったんだ?   「…ふふふ…」    ソンジュさんは――ニヤリ…妖しくその美しい目を細め、何か妖艶な微笑みを浮かべながら、僕の目を見つめてくる。  その薄い水色の瞳は、何かたっぷりと――()()()()()()()に満たされて、潤んでいる。    そしてソンジュさんは、ゆっくりと…そっと…――小刻みに震えている、上擦った声でこう言った。         「…やっと、見つけた…」           「……、…?」          ――は…?         

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