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しかし――僕は度々、理解するように努めた。
もちろん彼はお客様である。そして僕は、この『DONKEY』のキャストである。モウラに騙され、ケグリ氏に利用されて、此処で働かされている性奴隷なのである。――外に出たら、彼の隣に並ぶことどころか目も合わせられないような、…その美しい水色の瞳を見つめることさえ許されないような、…僕は、ケグリ氏の性奴隷だ。
これは――一夜の夢だ。
僕は重々それを理解していた。
そもそもカナイさんがこうして僕に優しくしてくださるのは、彼が注文したプレイが“恋人プレイ”であるからだ。
『DONKEY』は注文さえすれば、お客様のお好みのイメージプレイができる。
とはいえ…公式サイトの宣材写真に映る僕の鼻から下には、もちろんこの赤い首輪とニップルピアスが映り――誰が見ても性奴隷そのものである――、ましてや得意なプレイは“マゾプレイ”、『僕は変態マゾの性奴隷です、たくさん僕をいじめて楽しんでください♡』なんてあたかも僕がそう言っているような一文まで載っていれば、結局は『DONKEY』でも、僕にはマゾ奴隷の振る舞いを求める人が多い。
ただ注文さえされればもちろん、僕は“恋人プレイ”でも“サディストプレイ”でも、なんでもやる。
近頃は『DONKEY』で働くことにも慣れてきて、出勤するとその仕事モードが入るばかりに、それなりにそれらのキャラクターを演じることにも慣れてきていた。
ましてや高級店ともあって店側の演技指導も徹底していたし、注文にプラスアルファしたお 客 様 が 求 め て い る も の を察することもできるようになってきた僕は、いまや指定されればどのような振る舞いもできる。
また、それこそケグリ氏と交わしたあの“性奴隷契約書”にも、そうしろという旨がある(『17.ご主人様がお望みであれば、性奴隷ユンファは何者にもなり、どのようなプレイにも喜んで従事いたします。』…であればそれは、『DONKEY』のお客様相手のみならず、僕が相手する誰しもに、ではあるのだが)。
だから僕はこれまで、お客様に求められるキャラクターを必死で演じてきた。――というのも、お客様にクレームを入れられた日には僕、モウラやケグリ氏にまたお仕置きをされてしまううえ、ペナルティの罰金まで取られる。…するとその罰金に関してもまたモウラに、自分の取り分が少なくなっただろ、謝れ、とお仕置きされる。
少しでも平和的に過ごすために――自分のために、僕は日々その技を磨いてきたのだ。
ましてやカナイさんのように、“恋人プレイ”――本当の恋人のように、イチャイチャ甘い時間を過ごすプレイ――を僕に求める人は、意外にも多いのだ。
そうして僕がカナイさんに求められたのは、“恋人プレイ”――つまり彼は、自分好みのプレイをしただけだ。
しかし、カナイさんははじめこそ、僕のことを月 という原氏名で呼んでいたが――途中から、僕の本名であるユンファ…“ユンファさん”、と呼んだ。
つまりカナイさんは、『KAWA's』や『AWAit』での僕を知っている人であった。…そのうちの誰だかは正直、仮面もあれば僕にわからなかったが。――僕がそうした惨めな性奴隷だとわかっていてカナイさんは、僕を好きになった、前から僕を抱いてみたかったんだ、と言った。
それこそ僕は、一応『AWAit』でも“性奴隷月 ”という原氏名で働いているが、『AWAit』の人々のほとんどは、僕の名前がユンファであることを知っている。
それはなぜかというと、『AWAit』の公式サイトには、あの『KAWA's』の“スペシャルメニュー”も何も包み隠さず載っているためだ。――こちらもどうぞ、入会前にどうぞお試しください、というような感じでそれは掲載され、僕の痴態の写真にもなんら何もモザイクなどなく、僕の内ももに『ご注文はお気軽にどうぞ♡ マゾ奴隷ユ ン フ ァ を買ってください♡』と赤く太い油性ペンで大きく書かれている。
また、“スペシャルメニュー”のメニュー表のタイトルにも『――“マゾ奴隷従業員ユ ン フ ァ ”――』と、そのまま掲載されているのだ。
つまり僕がユンファであることを知っていたカナイさんは、……僕がリードを引かれて四つん這いで歩いている姿や、ステージ上でニコニコしながらストリップをし、性器を嬉しそうにさらけ出している姿、…オナニーショーをさせられて、絶頂している姿――土下座で見ていただきありがとうございました、なんて言っている…惨めな性奴隷の僕の姿を、カナイさんは知っていたはずだ。
あるいは『KAWA's』で、首輪をしたままバイブを挿れながら働き、乳首もニップルピアスも透けて見せつけて、“スペシャルメニュー”の注文が入ったら大声で「ご注文ありがとうございます! マゾで淫乱なメス奴隷のユンファを、たくさんいじめて可愛がってください! ご注文内容は、専用の別室にてお伺いいたします!」と、店中に響き渡る声で感謝し、…別室で性奉仕をする、汚辱にまみれた僕を、性奴隷の僕を、知っていたはずなのだ。
それなのに…彼――それでいて僕をまるで本物の恋人のように、優しく、丁寧に抱いてくださった。
綺麗だよ、綺麗だ、本当に可愛い、と…痛いね、ごめんね、大丈夫…? ゆっくり挿れるからね、と――信じられないくらい、怖いくらいカナイさんは、…あの暗闇の中で僕を、優しく抱いてくださったのだ。
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