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「………、…」
アダルトショップ『Cheese』の店内から出た先、ひんやりとした空気――僕はあれ、と思った。
もう、秋だったんだっけ、と。――僕の火照ったえり足を、上体をするりと抜けて撫で、僕の肌表面を冷やした秋のそよ風が。
さっぱりと、まるで自然に冷やされた清流のように澄んでいる、この外の空気が。
街路樹…頼りなく、今にもすべてが落ちようとざわざわ、不安げに騒ぐ、黄色いイチョウの木の葉っぱが。
僕の目に映るこの空っぽの、高く澄み渡る透明な青空が。
無情にも、季節はもう秋になっていたのだと、僕に教えてきた。
僕にそう教えた外の世界、そのすべてから目を逸らし、僕は体を小さくして、ワイシャツの合わせを掴んだまま――店の前の道路に停まっている、赤いスポーツカーのほうを見た。その鮮やかな赤い車体の前、やはりソンジュさんが背後のそれに軽くもたれて立っている。彼、そこに居るだけでどこかやはり華々しく、かなり目立つ。
「………、…」
ただ、僕を待つソンジュさんを見つけたはいいが――お知り合いだろうか? と、僕は歩き出せないままだ。
店の前に停まっている赤いスポーツカー――顔を軽く伏せ、それの助手席あたりの扉に腰をあずけて軽くもたれているソンジュさんはまたサングラスをかけており、またタバコを吸っている。
そして、そんな彼の前に立ち、何かをソンジュさんに話しかけている女性二人組みが居るのだ。――亜麻色の後ろ髪が長く肩甲骨まで、秋の冷えた風になびいている。…彼女の白く細いふくらはぎにかかる水色の花柄のスカート、いやワンピースの裾も、ひらひらとなびいている。
もう一人の女性は黒髪、肩の上までの髪が切りそろえられて、何か黒くダボッとした上着に、タイトな膝上の白いスカートを穿いている。――肩からかけたポシェットはピンク色だ。
「………、…」
僕はこ ん な 格 好 じゃ、とても彼らのもとへは行けない。
ケグリ氏に手ひどく犯され、「(ソンジュさんの子供を)妊娠してこい」と命令されたあと、僕はその人に駄目出しを食らい、いくらか更に荷物を増やされて、更に馬鹿であったお仕置きだと――僕は、ボタンが弾けたワイシャツのまま、ソンジュさんのもとへと行くことになった。…もちろん僕の片方の肩には、茶色いボストンバッグが下がっている。
キャァ、ははは、と女性二人が甲高く笑った。
「…………」
ソンジュさんが、何かまた…――彼女たちにもロマンチックな、口説くようなことを言ったのだろうか。
まあ彼、手 慣 れ て い る 人 だからな。――別に…僕に特別、あ あ い う こ と を言っていたわけでもないのだろう。
「やっぱりアルファの人なんですか!?」
どちらかはわからないが、楽しげで興奮気味な女性のその言葉にか…ソンジュさんは何か悩ましげに、片手で額を押さえた。――すると髪の長いほうの女性が、体を傾けて彼の顔を覗き込む。…黒髪の女性は、ピンク色のポシェットのフタをあけ、何かを探っている。
「…早く行かんかユンファ」
「……っ、…」
ぼーっとその光景を見ていた僕は、後ろから腿裏を蹴られ、前によたつく…振り返るまでもない、これは間違いなく、ニヤついたケグリ氏の声だ。――僕は、僕の肩に斜めにかかったボストンバッグの紐を両手で握りしめ、うなだれる。
「……、…」
「…なぁにを今更恥ずかしがっとるんだバカタレ、そ の 格 好 が お 前 の 正 装 だろうが。そもそもお仕置きなんだぞ、あの女たちにそのピアスもタトゥーも見せてこい。」
僕は後ろからケグリ氏にそう命令された。
「…はい、ご主人様……」
だから、歩き出した。
できれば歩いている間に彼女たちが去ってくれることを願い、ゆっくりと震える脚で歩くが――ケグリ氏は更に後ろから、「走れ。急げ」と命令してきたために、…僕は羞恥に目を潤ませながらも、…小走りで、ソンジュさんと女性たちのもとへと向かった。
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