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                 こくり。――するとソンジュさんは、わかりました、駄目なんですね、とでも言うように(僕に口を塞がれたまま)僕の目を見て一度深く頷いた。  そしてすっと離れてゆくので、僕は彼の口元が離れた手をまた太ももに置き、はぁ…と安堵のため息を薄くつく。   「…………」    僕は顔を伏せぎみに、正直油断していた。  ソンジュさんはそんな隙だらけの僕の横顔、…僕の耳の前に片手をかざして、小声でこそこそとこう囁いてくる。   「…ユンファさん…、先ほど俺に、“キスはお好きにしてください”と、言ったじゃないですか…?」   「……、……」    耳元で低く囁かれているせいか、…耳から首筋、肩甲骨あたりまでモゾモゾ、ぞくりとしてくる。――が、何も…ひやり、ゾクッとしたのは感覚的な問題ばかりではない。  確かに僕はさっき、よくわからないけどキスはお好きにどうぞ、というような旨をソンジュさんに言った。…いや、言ったには言ったが――何事にもケースバイケースというものが適用されて然るべき、   「…俺は貴方に、ちゃんと許可を取ったというのに…おかしいなぁ…、ましてや俺は、モグスさんが近くに居たらキスしませんなんて…クク、――一言も言っていません…」   「……、…」    この人、本当に、…狡猾である。  なかば呆れてきた僕は、目線を伏せたままでチラチラ瞳を泳がせる。――さっき勝手にキスなんかして申し訳ありませんでした、…とかなんとか…しおらしく僕に謝ってきたわりに、僕がたとえ(今は)嫌だ、駄目だ、と示してもなお、ソンジュさんはこの状況でキスがしたいというのか?   そもそも恥ずかしくないんだろうか、彼。…執事とはいえ、モグスさんがそこに居るのにか。こんなに静かな車内でちょっとでもちゅ…なんて音が立てば、もろバレするのにか?   「……はん、♡ 〜〜ッ」    不意にペロッと耳の穴を舐められ、僕は小さくも声が出て、ビクリとしてしまった。――なぜか今は妙に、日頃喘ぎ声を出さないように努めていた自分にありがとうと言いたい気分だ。…そうした習慣がなきゃ、今あっと声が出ていたかもしれない。   「……ふふ…、…」   「……、…〜〜♡」    カプ、とまるでごねる犬のよう…僕の耳たぶを甘噛みしてくるソンジュさんの、その硬い上下の前歯の感覚に、腰の裏がゾクゾクと悶える。――僕はふいっと顔を、真横に背けてさりげなく彼から逃げた。  すると、――つーー…と、僕の逸れた首筋に舌先を這わせてきたソンジュさんに、僕は眉をひそめて目を瞑った。   「…はク、…んふ、♡ …〜〜〜ッ♡」    僕、こ、このままじゃ――キスどころか、…ここで、セックスをすることになりそうだ、  ソンジュさんはペロ、ペロ、と僕の首筋を舐めて、強ばっては緩み、震える僕の腰をするり…生で撫でてくる(僕のワイシャツのボタンはほとんど弾け飛びボロボロなので、そうするにも簡単なのだ)。    いや、いやなら逆に、まだキスのほうが可愛いものじゃないか。  どう考えても、モグスさんがそこに居る状況でセックスに発展するよりか、キスのほうがまだかなりマシである。   「っわ、わかりました…、キス…どうぞ、…」    僕は背に腹は替えられぬとこっそりとした声でそう許し、ソンジュさんに向けて何度もコクコク頷いて見せた。         

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