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             王子様のようだ。  ソンジュさんはまるで、童話の中に出てくる王子様だ。  いや、九条ヲク家の人ならば、ヲクという歴史上王族であった一族の末裔であるソンジュさんは、本当に限りなくそれに近い存在であるのか。    とはいっても僕は別に、夢見がちな意味で彼が王子様のようだ、なんて思ったわけじゃない。――たとえば僕がお姫様のような気分で、なんて素敵な王子様だろう、と…まるで恋を知らない少女のような気分で、彼のことをそのようだと思ったんじゃないのだ。    シンプルに思っただけだった。――ソンジュさんは、…カナイさんは…、…まるで夢の物語の中に出てくる、()()()()()()()のようだと。  どこまでも完璧な美しさと優しさ、優雅さを持っているソンジュさんは、その長身にまとう雰囲気さえも王子様のようだと。――この世のものとは思えないほど、まるで現実味がない人だ、と。    僕が知っている現実の人のような、ひどくさめざめとした部分や、あるいは荒削りな短所がどこにもない――僕を含めて現実の人のような、そうしたところがないソンジュさんは、どこをとっても洗練されているように思う。――夢なんじゃないか。    ――彼、夢の人なのか。  僕の夢の中の人…あるいは、作り物の物語の中から出てきた、本物の王子様――。     「………、…、…」    思えば、当然じゃないか。  馬鹿だった。――また…馬鹿だった。    というか、やっぱり僕は、もともと馬鹿なのだ。    僕はうつむいた。――うなじが重たいのだ。   「……、……――。」    恋人とはいっても、契約で従わされてそういう恋人めいたことをやらされるというのなら、――結局、僕は性奴隷のままじゃないか。   “「なぜそう…っ俺はそもそも、…ユンファさんを性奴隷だとは思っていないんです、…」”――ソンジュさんのこの言葉に癒やされた僕の心は、またその傷口が開いてしまった。    ノダガワ家の人々や、ケグリ氏たちに僕を貸し出された人々、オメガ風俗店のお客様…――彼らが僕に、“イチャイチャしたいから恋人っぽく”だとか、“調教をしたいからマゾヒストで”とか、“年上のお兄さんに責められたいから”、“積極的な淫乱で”…とか、そうやっていろいろ勝手に、僕の仮面をどんどん増やして命令し、さまざまなプレイをさせる。――ソンジュさんが求めている“恋人契約”は、結局それらと同じだ。      やっぱり僕は性奴隷だ。――都合のいい道具だ。   「………、…」    バーカ。なんて馬鹿なんだ、僕。また勘違いしそうだった。――まさか僕なんかに、こんなふうに優しくしてくれる人が現実にいるわけがない。  現実にそんな人がいるわけない。――なんなら、本当にソンジュさんがカナイさんであったとしても……はじめからこの“恋人契約”のために、僕のことを…ああやって優しく抱いた。それだけのことだったんだろう。    僕を騙すために――僕が自分に恋心を抱いている様を、作品のネタにするために。…それだけの、ために。  しかも…――そりゃあ、…そうだ。  なぜって、一週間という期限が設けられている。  僕はまさか、本当に救われたわけじゃない。――僕はまた一週間後には、もう…また、ケグリ氏のもとに戻って、惨めな性奴隷に戻るのだ。――そのわりに僕の“変態写真”を消したとか、僕が彼の“運命のつがい”だとか、“DONKEY”を辞められた…?    やけに手が込んだ嘘だな。   「………、…」    そんなの、嘘に決まってるじゃないか――。  じゃなきゃ期限を設けたりしない。――それも、一週間だ。…あるいは数日だ。  あれは…つまり僕が、ソンジュさんにとって恋人として期待はずれであった場合は一週間と経たず、その時点でサクッと契約終了をし、僕をケグリ氏のもとへと返す、という意味だったのだ。      冷ややかに思う――そっか…そりゃあソンジュさんは王子様だ。       

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