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              「……、…ッ」    ソンジュさんは、ひくひく、と唇の片端をひくつかせ、グゥゥとまた唸った。――そうして僕に黙れと凄むようだったが、…彼は次の瞬間、その目に。  あたたかいものを宿して、ふっと綺麗に笑った。   「……失礼。いや、さすがだ。――さすがにユンファさんは気高い人だね。なんてお美しいのか…貴方の鋭い()()()()に、正直いま、俺は本気で牙を剥きそうでした。」   「………、…」    そう、僕をリスペクトしたように笑うソンジュさんは、ふっと愛おしげな目をして僕を見ながらも、どこか僕を叱るような表情で。   「ですが、ユンファさん。…プライドの持ち方を、間違えてはならない。――貴方ご自身のプライドを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…」    そう言ったソンジュさんは「さあ、行きましょうか」と僕の腰をグイッと、その四本指が僕の腰に食い込んでくるほど力強く抱くと、いや、いっそ掴むに近しい力でそうしてくる。――そしてぐるりと僕の体を荒々しく返し、グイグイと僕の腰の裏を腕で、このエレベーターの開いた出入り口へと押してゆく。   「……っ、…」   「…………」    そうして僕はすっかり、部屋の扉の前の空間まで押し出されてしまった。…何か黄色みを帯びてほの明るい、大理石の壁に囲まれた場所である。――僕らの背後でがーーっとエレベーターの扉が閉まった。   「…………」   「…………」    なぜあんなに、僕を愛おしそうな目で見たんだよ。  僕は貴方を煽り、怒らせた。わざと神経を逆撫でするようなことを言ったつもりだ。それなのに、次の瞬間にはカナイさんと同じ目…――僕はどんな顔をしたらいいかわからなくなる。…こんな形で、カナイさんに会うなんて。……会えるなんて。    一瞬、もういいやと思いかけてしまったのだ。  その人の、その僕を愛おしそうに見てくる目を見ていると、一瞬――カナイさんになら、騙されても、裏切られても、もてあそばれても…別にいいや、と。…カナイさんのお役に立てるのなら、僕はたとえ自分がどれほど傷付く結末になっても、それはそれか、と。…彼とひと時だけでも恋人になれるなら、“恋人契約”でもいいか、と。…それはそれで、幸せかもしれない。    でも、どうせなら、欲を言ってもいいなら――僕は彼と、もっと幸せな形で再会したかった。    ただシンプルに、助けてほしかった。    “恋人契約”なんて、言わないでほしかった。  僕は、カナイさんにただ、シンプルに――「好きだよ、恋人になって」と言われたら、…なった。   「……、…」    僕は、貴方の恋人になった。ただの恋人になれた。  それだけで貴方のことを、どこまでも馬鹿になって信じた。――たとえ騙されても、裏切られても、何度モウラのときのような目に合っても。  カナイさんならよかった。――それでいい。…それでもいい、僕なんかでも貴方の幸せの一助になれるなら、貴方にどんな形でも求めてもらえるなら、…僕はそれでよかった。    それで、よかったのに、――そうだったら、…よかったのに。……やっぱり僕なんて、本当の意味では惚れてなんかもらえず、本当の意味で愛されることなんかない。   『綺麗だよ、ユンファさん』――あの夜の、貴方の甘い声が耳の奥にまだ残っている。『ほん、本当…?』思わず聞いてしまった、本当なわけないのに、聞いてしまった。  そうしたら貴方は、愛おしそうな目を細めて、頷いてくれた。    僕なんか、綺麗じゃない――。   「……ッ、…、…」    また泣きそうだ。情けなく、弱々しく、惨めに泣きそうだ。――最悪だ。   「…ユンファさん…、泣きたいなら我慢せず、好きなだけ泣いてください」    ソンジュさんは、エレベーターを出た先で立ち止まった。そして僕の隣でそう言ったソンジュさんに、僕は逆に意地になってより涙をこらえる。   「いいえ。大丈夫です。」   「……、…」    ソンジュさんは僕のその返答に、何か複雑そうに黙り込んだ。――それからすうっと息を吸い込むと、思い切ったように。   「…お、俺だってだっ、…抱きたいですよ…、俺はユンファさんに、正直今にも触れたいです…――そりゃあもちろん…、こんなに艶やかで美しい人に触れたくないなんて、そんな、そんなことありえない…、こんなにお綺麗な貴方を、俺が求めないはずありません……」    先ほどは怒鳴るように(僕を)抱きたいですよ、なんて言ったソンジュさんは、詰まり、すると今度はしおしおとしぼんだ声でそれを繰り返した。   「…先ほど、なぜユンファさんがそう思われたのかはさすがにわかりませんが、…ただ、とにかく俺から言えることは――貴方に対して、俺には、()()に勝る想いがあるということです。…からかったんじゃありません。キスだってただ単純にしたかっただけで…さっきだって、実は我慢して…、いや、もちろんエレベーターの中じゃできないというのもあるが、…」   「…………」    言い訳のように、言葉数が多い。  僕は顔を伏せ気味に、もう感情を動かさないようにぼーっとしている。   「…ただ、本当に、俺はユンファさんのことを…――そ、そう簡単には抱けませんから。そんな簡単に、貴方を抱きません、俺は…」   「……、それは、なぜですか…?」    僕はあまりにも不思議で、訝しくソンジュさんを見た。         

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