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なぜ僕を、簡単に抱かないというんだ――?
「…は゛っ?」
「…え…?」
すると、ソンジュさんは怒ったように聞き返してきたので、僕は驚いて目を丸くしつつ、やや怯んでしまった。――ただ…ソンジュさんのその様子を伺いつつも、とにかく彼は勘違いしていると、…僕は小さな声で、彼に言う。
「…正直、僕の体が性奴隷の、金を払えば抱ける体…というのもありますし、ある意味ソンジュさんは、僕のことをお金で買ったわけですから、貴方には、僕を好きになさっていい権利が十二分にある…」
「…っユンファさん、だから、」
すると僕の言葉の最中に、怒った顔をするソンジュさんだが、――違うのだ、たしかにそういう面も含めて何も問題ないだろう、と言いたかったのは事実なのだが。
「い、いえ、そういう意味も正直ありますが、何より…――仮にも…つまり、契約上であろうと恋人同士なら、ソンジュさんは、僕を好きに抱いても許される立場なんじゃないかと、…思って……」
「……、…」
あ、たしかに、…みたいな顔をして固まったソンジュさんの開いている赤い唇から、鋭利な白い犬歯の先が見えている。――犬のようで何だか愛らしいと、僕は自然とやわらかく目を細めた。
「…はは…付き合う前ならたしかにそうかもしれませんね。でも僕たちって、恋人同士という契約なんでしょう…、……」
というか…僕に限っては、そういうことでもないか。
僕は薄ら笑いを浮かべたまま俯いた。――性奴隷のくせに。…毎日ちんぽ咥えてるくせに、馬鹿じゃねえの。今更清純ぶって、何様のつもりだ。
まだ恋人じゃないから…できない。
そういうことじゃない。――それは性奴隷じゃない人なら思ってもいいことだろうが、…僕が言ったら、思い上っているにもほどがあるセリフなのだ。
体を許すかどうかなんて、もはやこれだけセックスをしていたら、確かにもう関係ない。――誰にでも体を許しておいて、今更許さないなんて選択肢、僕にはないのだ。
「…というか…そうじゃなくても、別になんら問題はないかと」
僕は俯いたまま、顔を横に振った。
「……そのための“恋人契約”なんですし、ソンジュさんの作品のお役に立てるなら、本当に、僕のことは好きにしていただいて構わないです。――どうぞ…いつでも好きなときに、僕をお好きになさってください。…もちろん、抱かなくても構いません。」
「……ユンファさん…」
「…はい…」
ソンジュさんは僕と向き合い、僕の肩を掴むと――怒った顔をして、僕のことをじっと見てくる。
「…勘違いしないでくれ。…俺は、ユンファさんのことを大切にしたいんです。――貴方の体は、金じゃ買えないのですから。」
「いいえ、買えます。――というかあれだけのお金を払っていただきましたが、本当は十円です。無料かもしれません。僕の体は、公衆便所みたいなものですから」
こんなことを言ってしまった僕は、はっきり言って無意識にこの言葉を口にしていた。…僕のこれは即答、まるで当て付けに口答えをするようだった。
出掛けに犯されていたとき――ケグリ氏に言われたそのセリフが、僕の口からは自分でも驚くほど簡単に、ぽろりと出てきた。
するとソンジュさんは、――ソンジュさんのほうがよっぽどショックを受け、悲しそうな目をして、何も言わずにふるふると顔を横に振った。それから彼は、落胆したような低い声で。
「……、…そんなわけ、ないだろ…」
「……ごめんなさい…」
僕はソンジュさんを不愉快にしてしまったと俯き、もう一度「ごめんなさい」と謝った。――自分でもよくわからないのだ。…なぜあんなことを言ってしまったのか。
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