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「……はぁ…、…」
あんまり圧倒されて、ため息が出てしまう――今日はまったく青天の霹靂というような日だ。
あまりにも突然で早い展開に、まだ僕はついていけていない。――漠然とした不安感のある僕の胸は苦しく、モヤモヤしたものが僕の呼吸を妨げてくるようで、…それを思い出すと僕は、すうっと思いっきりこの部屋の甘い香りを鼻から吸って、…再度、はーっと吐き出す。
すると少しは楽になる不安感の苦しさも、――次の瞬間にはもう、戻ってきてしまう。
「…………」
僕はどうなってしまうのだろう。
「……ふふふ…、…」
僕の元へ来たソンジュさんは、僕のことを抱き締めてきた。――「好きだ…」そう囁いてくる彼に、体が縮こまる。
「………、…、…」
どうしてか…――ソンジュさんと離れることが、もう少しだけ怖い。
たとえ偽物でも、かりそめでも、あまりにも優しくて綺麗なソンジュさん。――妙に僕のことを尊重してくださるこの人は、とても優しい。…神様のように優しい。
でもきっと、心の奥底はかなり冷たい人なのだ。…こんなに優しくしてくださるが、僕のことを救ってくださるようなことばかりしてくれるが…――ソンジュさんは、この契約の期間終了とともに、あっさりと僕を切り離せるような人なのだ。
どれほどの温情を彼にかけられていようと――それは本当の温情ではなく、僕は結局、ソンジュさんに利用されているだけなのだ。
「……、……」
好きにならないようにしなければいけない。自分を守るために、自分を戒めなければならない。――さっきからずっとそう意識し、ウダウダと理屈を立ててきた。
いや、もうそう思う時点で僕は、すでに危ういところまで気持ちが進んでいるのだ。――あのあと…ケグリ氏が僕に、お前はオメガだから、アルファに優しくなんてされたらすぐにコロッと惚れてしまうだろう、と言っていた。惚れるな、優しく抱かれるな、と、ケグリ氏は僕に命令してきた。
でも、これじゃその通りじゃないか。呆れたことに――僕は今にも彼を抱き締め返して、ソンジュさんの体に縋ってしまいそうだ。
僕も貴方が好き、優しい貴方が好き、もう離さないで、ずっと僕を見ていて…――その言葉が、僕の喉元を擽ってきては、必死に飲み込む。…胃の方へと落ちてゆくその思いは、燻り、僕の胃をムカムカさせる。
久しぶりに、誰かに優しくされた…――それもやりすぎなくらいだ。まるで僕をどこぞの王子様のように扱うソンジュさんに、僕の気持ちはほどけていった。
それもこんな美形にだ…それこそ本当に、王子様のような人にだ。――少女マンガにありがちな、たとえばシンデレラのような、…可哀想でみすぼらしい人が、王子様に見初められて幸せになる物語のような。
「…ユンファさん…、貴方は、本当に綺麗ですよ…」
「…………」
一見はそんな展開のようだ。
でも、違う。これはそんなに生やさしい物語じゃない。
僕はその王子様に、利用されているだけの性奴隷なのだ。――王子様の都合を満たすためだけに、一時的に王子様、あるいはお姫様の仮面を被らされた、道化の性奴隷だ。
シンデレラや、少女マンガの可哀想な女の子たち、本当は綺麗で可愛くて、誰にでも嫉妬されるようなヒロインたち――彼女たちは嫉妬されるからこそ、酷い目に合う。
そんな彼女が得られるようなハッピーエンドは、僕の物語のエンディングではないのだ。
彼女たちは…そんな苦境に立たされていても――神様に守られて、身を汚されはしない。…綺麗な体だからこそ、王子様と結ばれて幸せになれる。何より、彼女たちは…女性だから。
大切にされるべき女性で…大切にされるべき体であるからだ。
僕に向けられているものは、決して嫉妬なんかじゃないのだ。ただ消費され、か弱そうな体でもない男だから、手荒く扱っても、何をキツく言っても許されて――そんな性奴隷の男が、王子様と幸せになれる物語なんて、見たことも聞いたこともないだろう。
僕は、ただひたすらに甘やかすような、甘い甘いセリフをかけられる存在じゃない――そんなことは、生まれたときからもう、よくわかっている。
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