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               ソンジュさんは強い眼差しで、僕を見据える。     「…俺は言ったはずだ。――すべての物事は、善と悪、白と黒、そうした二元論では語れないものなのだと…、ユンファさんは本来、そのことをよくわかっていらっしゃる人ではないですか。…しかし…自分のことは悪だ、下等だと、悪、あるいは黒だとジャッジしている。…」   「………、…」    僕は口を薄く開けたまま、固まっている。  ソンジュさんにそう指摘されて、そういえば確かに、()()()()と思ったのだ。   「…()()()()と気が付かれましたか…? マインドコントロールをしようとする者は、まず本来白とも黒ともつけ難いことに対して、白黒つけろとジャッジを迫るものなのです。――たとえば貴方の場合ならば、お前を犯せる自分たちこそが勝者、白であり、上の立場であり、貴方を選ぶ立場である…一方好き勝手犯され、値踏みされる敗者、本来価値はないが、自分たちが仕方なく選んでやっているお前こそが黒なのだ、お前は、自分たちよりも下の立場なのだ、と…」   「…………」    あまりのことに何も言えない。  ソンジュさんは立ち止まり、立って僕と向き合ったまま、真摯な眼差しを僕の目に注ぐ。   「…ユンファさんはケグリたちに、時間をかけてじわじわそう()()()()()()、というべきでしょうか。――しかし、ここで見方を変えてみてください。…セックスには本来、上下関係など存在しません。互いが選び合い、つがい合うということが、本来のセックスという行為です。セックスには、勝ち負けという概念など存在しないのです。」   「…………」    おかしいことだ、それはおかしいことなんだと、ソンジュさんはどこか必死に――それでいて穏やかに、僕に言い聞かせるように。   「…そして、本来であれば、お互いの同意の元でするべき行為であるセックスを、ユンファさんはケグリたちに無理やり強いられていた。――明確な犯罪行為です。犯罪を犯し続けてきたアイツらは、本当に勝者ですか? 社会に貴方のことが露見すれば、断罪され、敗者となるのは間違いなく、あの者たちです。…黒は、悪は、ユンファさんを犯した人々のほうだ。貴方は何も悪くない。いうなれば…()()()()()()()()だ。」   「……、…、…」    僕…――どうして…?  どうして、…そんなことにも気が付かなかったんだろう。――レイプじゃないか。…何もかも犯罪行為じゃないか。それなのに…自分が悪いんだ、自分の責任だ、自己責任なんだから、借金があるんだからと、…なぜ、ただひたすらに耐えていた?  ソンジュさんはじんわりと潤み始めた僕の目を、やはりじっと、切ない眼差しで見つめてくる。   「…それに…()()()()()()()()、というのもおかしい。――のみならず…とは思いますが、性風俗店のキャストと客は、()()()()()()()()()()なのです。金を払ってサービスを受ける者、金を貰ってサービスを施す者…それ以上の関係性ではなく、サービスを施す者が、下に見られる理屈はありません。…」   「……、……」    僕は、理解している。  理解しているが――すらすらとなめらかに紡がれるソンジュさんの言葉がどこか気持ちよくて、薄く口を開けたまま、彼の言葉にただ聞き入っている。     「金を払って、それによるメリットを享受している立場の者は、いくら手元に金があろうとも…サービスを提供するキャストがいなければ、そのメリットを得られることはないのです。――選んでやっている、金を払ってやっていると驕り高ぶる者たちは、選ばせてやっている、金を払えば丁寧なサービスをしてくれる者の有り難さを、理解していない大馬鹿者なのですよ。」   「…………」    ソンジュさんの言葉が、すっと入ってくる。  ゴクリと動いた僕の喉仏、…首に巻かれた首輪が、今はいやに重たく、煩わしく感じる。   「…貴方を犯し、買った者たちは…ケグリたちは、決してユンファさんよりも上の立場ではないのです。――むしろ、ゴミクズはアイツらのほうなのですよ。…貴方に選ばれたいがために、卑劣な手を使って、貴方を支配していたのだからね。…」   「………、…」      僕はうつむいた。  …はっきり言って、これを知れただけでも――僕は、ソンジュさんに会えて良かったのだと思う。           

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