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               僕はガクッと膝が抜けて、その場にがっくりと膝を着いてしまった。  ソンジュさんはそんな僕についてくると、自らも膝を着いて僕を抱き締め――しばらく、はぁはぁとガタガタ震えながらボタボタ涙を床にこぼしている僕の背を、ただひたすらに撫でてくれていた。    まるでこれまでの恐怖や屈辱が、今になって堰を切ったようだった。――泣いているわけじゃない、と思うのに、目から涙が止まらなかったのだ。  ソンジュさんは優しく僕の横髪をなで…なで、としつつ、「話を続けても大丈夫ですか…? 辛いなら、また今度にしましょう…」と優しく言ってくれた。――でも、僕は首を横に振った。    聞きたい。  ソンジュさんが語ってくれるその内容が、僕が見失った自分を、取り戻せるチャンスのような気がしたのだ。    するとソンジュさんは、少し心配そうな抑えた声量で、こう話を続けた。   「……いわく…人の脳は、少しでも楽な選択をするようにできているそうですよ…――たとえば、何かのために自分は頑張っている…、自分の辛さから目を逸らす…、この苦境には耐えるだけの価値がある…、…せめて与えられる快感に縋り…、自分を苦境に追いやった相手を憎んでいるから、自分はまともだ、正常だ……」   「……、……、…」    あぁ、――僕だ。   「…脳にも癖があるそうで…生きるために、癖が付くのです。…自分を守るために、自分を見下す。…そうすれば他人から受けるその扱いさえも、耐え切れるから、だとかね……」   「……、……」    僕はゆるく、何度も頷いた。  あぁ、僕だ。――それは僕じゃないか、と。   「…それに…――睡眠時間を短くするというのもまた一つ、マインドコントロールの手法だそうで…人は睡眠時間が足りないと、正常な判断能力が失われるものですから…、それで、貴方は意図的にその判断能力を、鈍らされていたのかと」   「………、…」    あぁ…なるほど、と――僕はまたゆるく頷いた。  ソンジュさんの聞き取りやすい、淡々とした声ばかりが僕の頭の中に届いている。   「…それも人は、その一見おかしな日常も同じテンポで送り続けると普通化…つまり、ルーティン化してしまうそうですから、どれほど理不尽な生活でも、だんだん疑問を抱かなくなってゆく…――そうして、どんどん視野が狭くなってゆくのですよ。…繰り返される日常に疑問を感じる人は、なかなか居ないものです」   「………、…」    なぜ…――そうなったん、だっけ。  ソンジュさんの言葉を、頭では理解している。――それなのに、どこかに()()()()()という気持ちがある。…理解はしているのにどこか疑うようで、スッキリとはしない。    それでも僕は、やっぱり()()している――。   「…それに、家族や友人から切り離された環境では、ユンファさんが受けている状況を、おかしいとする価値観の人が、貴方の周りには居ないわけですから…――おのずと、ユンファさんが性奴隷扱いを受けていることが、ある意味で当然化し、()()()されてゆきます。…」   「……、……、…」    ソンジュさんの手が、僕の横の髪を優しく梳く。   「なぜなら、()()()()()()()とする人しか、ユンファさんの周りには居なかった状況だからです。…ユンファさん自身も、またその環境によって…これが正しい、性奴隷としての扱いが、()()()()()()()()()なのだ、と刷り込まれてゆく…」   「………、…」    僕には、あまりコントロールされていた自覚が、それほどなかった。  たしかに性奴隷として服従してはいるが…――僕は僕の意思で、期間限定で、ノダガワ家の性奴隷になった。契約でそうなった、それだけのこと。サインだって自分でした。…僕は、僕の意思でこうなったのだ。僕は自分のせいで、こうなったのだ。――文句を言う権利はない。……ずっとそう思っていた。ずっと…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。   「…それに…モウラの件も、ユンファさんをコントロールする意図があってのことでしょう。――辛い状態の人に、あたかも甘い言葉を囁き、救いの手を差し伸べる…よくある方法です。…すると()()()()()が、絶対的な存在となる。…ふふ…」   「…………」    凄く体が重たい。ひどく気だるい。――どんどん頭が、下に下がってゆく。   「……だからね…ユンファさんは、決して頭が悪かったのでもなく、馬鹿だから、経験が足りなかったからと、モウラたちに騙されたわけじゃないのですよ…?」   「………、…」    あ…――下がってゆく僕の頭を、さりげなくソンジュさんは僕を抱き、自分の肩に…僕の額をそこに乗せ、支えてくれた。…そのまま僕の後ろ髪を撫でる彼の手。……優しい…僕は不意に安堵し、そっとまぶたを下ろした。      その拍子に、また僕の目からあふれた涙が、ゆっくりと穏やかに、僕の頬に伝ってゆく――。       

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