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                「…大丈夫…、これからは俺が守ってあげるからね…」    僕の耳に優しい声――優しく僕の髪を梳くその手の指。   「……、…、…」    僕は小さくしゃくりあげながら、少し迷って――頷いた。…するとソンジュさんは、嬉しそうにふふふ、と僕の耳元で笑い。     「…あ、そうだ…――ユンファさん……」    僕の体を自分にもたれさせたまま、ソンジュさんはベストの胸ポケットから――折り畳まれた一枚の紙を取り出して、僕へと差し出してくる。   「どうぞ、これ。…」   「……っ、……?」    僕はその紙を受け取り、広げて…見てみた。     『  借金完済証明書    ノダガワ・ケグリがツキシタ・ユウジロウに貸し付けていた以下の貸付金を、クジョウ・ヲク・ソンジュがすべて完済したことを以下で証明いたします。    貸付日  〇年〇月〇日     貸付金額  1000万円    〇年〇月〇日までの貸付金残額  680万円(他320万はツキシタ・ヤガキ・ユンファが返済済。)    〇年〇月〇日の返済金額  680万円    借金返済総額  1000万円    以上。    〇年 〇月 〇日   貸主――ノダガワ・ケグリ  貸主住所――〇〇県〇〇市 〇〇番地 〇-〇-〇  完済者――クジョウ・ヲク・ソンジュ 』     「……、……」    両者のサインだけは直筆だ。…ただ一年半は働いていたが、680万円となっているのは、僕が借金をし続けたから――避妊薬代と、両親の生活費込みなの――だろう。  サイン以外はプリントされた文字…つまりソンジュさんは、これを来る前に用意して来たのだ。――やはりソンジュさんははじめから、()()()()()()()あの店『KAWA's』に訪れたのである。   「…、…、…――。」    僕はぼんやりと手に持ったそれを眺め、いまだ信じられないというような意識の中でも、うなだれるように深く頭を下げた。…あまりの感謝の気持ちに、むしろありがとうございますと言い忘れて…――その()()()()()()()()()()()()()()()を持つ手が震え、…僕はもしかして、…喉から手が出るほど欲しかった自由を今、手に入れたのか…と、うっすら思っているだけだ。   「…貴方はもう、()()()()()()()()()()()。それに…」   「…………」 「…これで、ユンファさんは名実ともに、もう()()()()()()()()()()()()()()のです。もちろん“KAWA's”、“AWAit”共に…ね。」   「……、は…、……」    あ…そっか…――そう思ったら、   「……、……ッ、…ふ、……ふク…ッ」    震えがとまらない、全身がガタガタ震え出す。――僕はその証明書を眺めながら、顔をしかめてしまう。      僕は震えのあまり、その証明書を手放してしまった。  そして両手で顔を覆い、…深く前へと体を折った。   「……ッ、ぅ…ッ、…〜〜っ」    みっともなく泣くほど、安心することだったらしい。  ――僕、もうあんなことしなくていいんだ、…もう僕、あの店でオナニー見せたり、ストリップしたりしなくていいんだ、いろんな人に恥ずかしいところ見せなくてよくて、バイブ挿れられたまま働かなくてよくて、いやらしいことしなくても、舐めたくないものも舐めなくても、何も見せなくてよくて、…いろんな人とセックスしなくて、よくて…キスも、…全部、オメガ排卵期に犯されなくても、いいんだ…土下座も感謝もしなくていい、あの契約書の内容も、全部、踏み付けられなくてよくて、貶されなくてよくて、我慢も何も、もう…――僕、僕もう、…あんなことしなくていいのか、僕本当にもうケグリ氏たちの性奴隷じゃない、…僕、本当に…? 僕、もう本当に奴隷じゃない…?    そっか…――僕、もう…もしかしたらもう、ケグリ氏の元に帰らなくていいのか、…そんな、…そんなこと、こんなに僕、ソンジュさんに救われて、助けられて、   「……ッ、なんてお礼を言ったらいいか、…ッ」   「ユンファさん」と、優しく僕の名前を呼びながら、僕のうなじを抱き寄せたソンジュさんは、僕をまた自分の体に預けさせてくださった。…そして彼は、自分の肩口に僕の額を誘導した――僕は素直に、彼のそこへ目元を押し付ける。  ひく、ひく、としゃくりあげて跳ねる僕の背中を、ソンジュさんは優しく撫でさすってくれる。   「…本当に…――これでもう大丈夫ですよ、ユンファさん…、これで貴方は自由になりました…」   「……っありがとう、…ありがとうございます、ソンジュさ…っ本当に、…なんて言ったらいいか、…」    わからない、どうしたら僕は、ソンジュさんにこのご恩を返せるのだろうか…――。   「…いえ、お礼を言われるようなことじゃありません。俺が勝手にしたことですから…」   「……ッ、…ッ」    僕は首を横に振った。  確かにソンジュさんは、僕を救ってくれた。――確かにソンジュさんは、僕を救ってくれたのだ。     「……ッ僕、…僕なんかじゃ、――お返しできるものが、何もないのに、…どうしたらいいんだ、僕…ッ」      何でもする。もう何でもする――貴方のためなら、僕は本当に、何でもしたい。…性奴隷だとか、そういうことじゃなくて、僕の意思で、僕の、心から、心から、――ソンジュさんのためなら、僕は本当に何でもして差し上げたい。      貴方はやっぱり、神様だ。  本当はずっと、僕は貴方に助けてと祈っていた。      やっと貴方は、僕を助けてくれた。        

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