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                 ていうか…イきたかった、が――終わりらしいので、僕は不完全燃焼、焦らされたままに諦める。…本当に終わりなんですね、いいんですね、と憎らしい気持ちで、半勃ちのモノを手荒くまた下着にしまい、ローブの裾もピッッッチリしっっっかり合わせてやった(ソンジュさんはニヤニヤしているだけだったが…)。    そうしてまた、ベッドに隣り合って座った僕ら、隣で僕のほうへなんとなし膝を向けているソンジュさんは、手元の小箱を上下に――パカリ。     「どうぞ。…お手に取ってご覧ください。」   「…………」    まるでプロポーズよろしく、パカリと開かれたその小さな箱の中に入っていたものは――…結婚指輪。      ……ではなさそうだ。  よかった…、よかった…のか、わからないが、まあいきなりお前ができることは(俺と)結婚することだ、なんて言われるのかと、…いや、でも結婚してくれと何度も言われて…? 本当に何なんだか、もうよくわからない。いっそ素直に好きだから結婚してくれ、と言われたほうがスッキリはする(結婚するかどうかはともかく)。    さて、その小さな箱の中に入っていたものは…三センチほどの楕円形、表面がカクカクとカットされた薄紫色の宝石。その宝石の銀枠の下にぶら下がる、白い牙。…そして、その宝石の枠のサイドに取り付けられているのは、三センチ幅の黒いベルベット――その端っこは、箱のクッションに取り込まれているらしい――。   「……宝石には、タンザナイトを使用しました。」   「……は…」    これが。――これが例の、()()()()()()か。  タンザナイトの瞳…まあ、確かに。わからないでもないか…――確かに僕の瞳の色っぽい、薄紫色の宝石だ。…こっちのほうが綺麗には違いないだろうが。   「ちなみにタンザナイトの石言葉は…誇り高き人物、高貴、知性、冷静、希望、神秘……」   「……あぁ…」    石言葉なんて、あるのか。  花言葉みたいなものだろうか?   「…そして、今やタンザナイトは、かのダイヤモンドより希少性が高くなっているのです。――ですから、ときにダイヤモンドより、高値がつくこともあるのですよ。…ここだけの話、これもまた、その実ダイヤモンドより…、ふふふ…」   「ぁ、ぁ、はあ…はは…、…」    あのダイヤモンドより高い、石。いや、宝石? 貴石とでもいうべきだろうか。  なんにしたって信じられない、正直そんな高いものを着けるのは怖い。困る。――手に取ってご覧ください、なんて言われていたが、僕は怖くてそうできない。…するとソンジュさんは僕の逡巡を察し、する、とそれを箱から取り出した。  あの黒いベルベットはやはり、それなりに長かった。――ブレスレットだろうか? それか、足につけるブレスレットみたいな…いや、高いならそんなわけないか。   「…タンザナイト…、ユンファさんにぴったりな石でしょう。貴方の瞳の色にもそっくりで、石言葉もぴったり…その希少性に関しても本当に…タンザナイトはまったく、ユンファさんそのものですよ。…ということで、常に身に着けていただけるよう――チョーカーにしてみました。」   「……、……」    えー…とりあえずチョーカー――って、…なんだっけ?  というか余りにもロマンチックなことを言われすぎて、その甘ったるい情報量の多さに頭がついていかないんだが、…とりあえずなんだっけ、チョーカー。聞いたことはあるんだけど、…逆にいうと聞いたことしかない。ジョーカーの親戚…なわけないか。  そしてソンジュさんはその手の甲に垂れるよう、そのチョーカーを持って軽く揺らし、僕に見せてくる。タンザナイトがキラキラしている。   「…どうです…? 美しいですよね…タンザナイトは多色性の、面白い石なのです…――光の加減、光の種類によって、色が度々変わるのですよ。…群青、濃い紫、青紫、桃色、薄紫など……本当に、ユンファさんの瞳の色にそっくりだ。」   「……ぁー……」    まあ綺麗だ…へえ、というかそうなのか。  正直自分の目の色なんて、鏡の中でしか見たことがないのだ。――いや、そんなのは誰しもがそうだろうが…、そんなに色が変わるのか? 僕の目って、このタンザナイトみたいに? それは知らなかった…いや多分、またソンジュさんのオーバー・ロマンチック表現だろうか。   「……着けて差し上げますね。…」   「……ぁ、はい……」    ソンジュさんの両手の指先がつまんだ黒いチョーカーの端、軽くたわんだそれが僕の首元へと寄ってくる。――ゆっくりと僕の首の根本に寄ってくるその黒いチョーカーが、僕の首の皮膚に触れた。  やわらかいベルベットで出来ているチョーカーが、ふんわりと僕の首の根本に巻き付き――ひんやりとしたタンザナイトの裏が、鎖骨の中央のくぼみにしなだれかかってくる白い牙が、冷たく擽ったい。…緊張する、高いって…いくらくらいだったんだろう(庶民丸出しだろうか…)。    僕のうなじで繋がった細いチェーンが、ゾクゾクするほどに擽ったい。  そしてソンジュさんは――僕の首にその黒いチョーカーが着くと、僕の耳元に顔を寄せ、そこで優しくこう囁いてきた。       「着けてくださりありがとうございます、ユンファさん…? これ、()()()()()()()()です…ふふ…」       「……、…、…」    婚約指輪の、代わり。見事な後出しだ。  あぁ…そういえば、結婚するときに用意する指輪って、結婚指輪の他にあるんだったか。――ん…?  いや…待てよ、婚約指輪の代わりって――僕、僕これ、これ着けたら、   「……あとちなみに、この牙…」   「……、……、…」    ソンジュさんは僕の耳元でそのまま――僕の鎖骨のくぼみに乗った白い牙を、指先でチロ、チロと小さく揺らしつつ、…甘ったるい声でこう。       「()()()()()()です…ふふふ…」       「…………」    本物の…ソンジュさんの、牙。  この一つのチョーカーに情報量が多い。――いや、多すぎる。…というか何かと後出しじゃないか。  そしてソンジュさんはするりと離れ、顔を伏せている僕の前で事もなげに。   「あ、ですがご心配なく…月に一度起こる“狼化”の際に、アルファは毎回牙が生え変わるものですから――これは、その際に自然と抜け落ちた牙です。…もちろん、自らの歯をわざわざ抜いたわけではありません。」   「…………」    いや、僕は別にそういう心配をしていたわけではない(ソンジュさんの生え揃った犬歯は何度か見ているし、まあそれを言われなかったらあるいはフェイクかと思ったかもしれないが)。  というかそうなんだ…“狼化”するとき毎月歯が抜けるんだ、痛そうだ、大変だな――いや、自然と抜け落ちた牙、だったとしても…人のアクセサリーに、自分の歯を付けるって…ちょっと僕にはわからないが。世の恋人たち事情には正直明るくないので、案外普通のことなのかもしれないが。…普通…なのか? 何となく怖いような気がするのは、僕が恋愛に疎いせいだろうか?    自分の歯を、婚約指輪にあたるアクセサリーに付けてプレゼントするって――普通のこと、なんだろうか…?    ソンジュさんは僕の片手を、その大きな両手で包み込んでくる。――じーっと見つめられているらしいが、僕は斜に顔を俯かせている。   「……俺、考えたのですよ、ユンファさん…――これなら…結婚指輪を着けているときでも、婚約指輪に当たるチョーカー(これ)も同時に、着けられますでしょう…?」   「……、…、…」    ちょっと待て、――なぜかソンジュさんの中では、もう僕が(彼との)結婚指輪を着けることが前提の話になっている。…ということはつまり多分、このチョーカーを作ったときからもうすでにそれ(僕と結婚すること)を大前提で作ったってことじゃないか?   「…それに、もちろん俺の体の一部だったものですから、この牙は俺の分身のようなものです…、これで離れているときでも、俺たちずっと一緒ですね…――ふふ…この牙を俺だと思って、大切にしてください…」   「………、…」    そりゃ否が応でもそう思うだろう。――この贈り物を自分だと思って大切にしてね、の強化版というか…それこそその人の体の一部(だったもの)なんだから、見るたびにそりゃあ当たり前に「これソンジュさんの本物の牙…」という思考が巡らないはずもない。…あと大切にしないと呪われそうじゃないか…?   「…またいうなれば…これは貴方の瞳の下に、俺の牙があるようなもの…――これからは俺が、ユンファさんのその美しいタンザナイトの瞳をお守りします、との誓いも込めました…」    ちゅ、と僕の指先に口付けてきたソンジュさんに、僕は顔を縦に揺らして考えを纏めている。――ほとんどプロポーズじゃないか…、ってこれ婚約指輪の代わり。   「……、…、…」    ぷ、プロポーズだ、多分、これ(も)…――。   「世界で一番美しい俺の人…、美しいタンザナイトの瞳を持つ俺の銀狼(ぎんろう)よ…、誰よりも深く…深く…深く、愛しています、ユンファさん。――入浴時以外は肌見離さず、()()身に着けていてね…?」   「…………」    え。な、何を、理解が追い付かない――いや、だから。  まず、チョーカーというのは、()()()()()()()だ。  そして、タンザナイトというのは確かに、僕の目の色にそっくりな宝石だった。  で…そのタンザナイトのほか、ソンジュさんの本物の牙が付いたこの黒いチョーカーは――婚約指輪の代わり。    今ソンジュさんが僕にしてもらいたいこと、それはこれを着けることであり――で、このチョーカーを着けたら…僕は、つまり。     「……ユンファさん…? わかりましたか。このチョーカーは肌見離さず…」   「ぁはい、わ、わかりました…はい、…」      ソンジュさんと――婚約をしたことになる、のか?           

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