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“恋人契約”――僕はどうしたらいいのか。
それを、僕が聞いておきたい理由は…――ソンジュさんの、本当の恋人になりたいからだ。
ソンジュさんが僕のことを、もっと気に入ってくださったら、…もしかしたら。あるいは。僕なんかでも、…その可能性が出てくる、かもしれないからだ。――ある意味で、この“恋人契約”は…僕にとってチャンスだ。
ソンジュさんの恋人でいられるのだから。
本当なら、お付き合いすることすら難しいようなソンジュさんの、…恋人でいられる。一週間も――ちょっとズルいくらいだ、チートというか、…つまりそれくらいの、チャンスだ。
惚れて、くれるかもしれないからだ。
僕がこの一週間頑張れば、……あるいは、ソンジュさんと、…結婚できるかもしれないからだ…――。
「…………」
僕は真剣に、ソンジュさんを見据えている。
しかしソンジュさんは神妙な顔をして――そして黙り込んでしまい、じっと僕の目を見つめてくる。…あわや見透かそうというようなその鋭い視線に、僕は気まずい思いをしているのだが。
「…………」
「…………」
僕の質問の仕方が悪かったのか、それとも恋人らしい振る舞いや行為というものがそうして難しいものなのか、…ソンジュさんはそのまま何も言わず、伏し目がちにした切れ長のまぶたの下で、その淡い水色の瞳をくらくら揺らしている。――あきらかに困らせてしまったようだ。
なので、僕はソンジュさんに助け舟を出すつもりで。
「…えっと、つまり、…キスや、セックスかな? 必ずしもではないにしろ、恋は生殖本能によるところもありますからね」
と、できる限り軽い調子で聞いてみた。――しかしソンジュさんは何も言わず、…ただ…僕の胸元をチラリと見て、それからふいっと横に顔をそむけた。
「…それは…まあ、遠からずでしょうね……」
「……、…」
僕はふっと自分の胸元を見下ろす。――歩いているうちに少しはだけてしまったらしい。白い胸板の中央から乳首ギリギリまで開いている…もしかすると、ソンジュさんの目線からならあるいは、ローブの隙間から僕の乳首も、先ほどプレゼントされたニップルピアスも覗き見えていたかもしれない。――今、彼…どう思ったんだろう。
せ、セクシーだと…思ってくれたか、それともだらしないと、下品だと思われてしまったか――僕は胸元の襟を直しつつ、いや、と。
遠からず…ならある意味で正解、ということだろうか。
きっと、ソンジュさんを気持ち良くしてあげられる。きっと…ソンジュさんを、満足させられる。――まずは夜のほうから、アピールしてみようか?
「……あぁ、ならいつでもどうぞ。――いつでも好きに抱いてください。…どんな場所でも、どんなタイミングでも、ソンジュさんが僕を抱きたいと思われたときに、何回でも…どのようにでも、お好きなように…、それに、求められたらどんなプレイでも、何でも演じられるように努力しますので」
意気揚々と笑う僕は、任せて、と頷いた。
たしか、…結婚って…――その。
夜のほうも大切なんだとか、なんとか言うだろう。
正直、性奴隷だったからといってその方に自信があるわけじゃないが、…でも、普通の人よりは…――何を求められてもやるし、着るし、何されても驚かないし、我儘も言わない、ソンジュさんに求められるままにできると思う、…テクニックも、まあ、僕って普通の人よりはあるんじゃないか? 性奴隷だったわけだし。
ソンジュさんは目線を伏せ、何か思案顔である。――駄目、だったか。…いやらしいと思われてしまったかな。
「……ええ、なるほど。お気持ちは正直有り難いので、お言葉に甘えてそうはするつもりですが。――ただ、そういうことは言いませんね。恋人なら…」
「…あ、ごめんなさい、そっか…、な、なんて言えばいいのか…――なんて言えば、恋人っぽいでしょうか?」
「………、…」
するとソンジュさんは、うむうむと神妙な顔を頷かせては――ピン、と来たように、僕の目を見て、その水色の瞳を輝かせる。
「…えっち。…」
「…あぁ…そうk、え゛…?」
うっかり納得しかけたが、…えっち?
ソンジュさんはこれだ! というふうに目をキラキラさせ、笑みを浮かべているその朱色の唇の端からは、白い犬歯がチラリと覗いている。
「…えっちしたい…と俺に甘えて、誘ってくだされば。」
「……、……」
ポカーンとしている僕は――なぜか。
首からみるみる、みるみると上ってくる熱が、頭の頂点に達したとき――思わず、ソンジュさんのにっこり笑顔から顔を背けた。――えっち…?
「……ソンジュ…僕、君とえっちしたい…、ムラムラしちゃってもう駄目…僕の子宮、君が欲しくてキュンキュンしてるんだ…、早く僕を抱いてソンジュ、早くえっちしよ…?♡ ――なんてどうですか、ユンファさん。」
「…………」
恥ずかしげもなくそのセリフを言えと示してくるソンジュさん(やけに芝居がかっている)に、…僕は頭が沸騰しそうだ。――つまり…僕に、その下手な淫語よりも恥ずかしいセリフを言えと?
「…あるいは…――僕のこと、めちゃくちゃにしてソンジュ、いっぱい気持ち良くして、いっぱい僕を愛して、僕のえっちな可愛い声いっぱい聞いて…♡ 恥ずかしいけど、ソンジュになら全部見せてあげる…、僕のえっちなところ、全部見て…♡ ソンジュ…僕に興奮、してくれる…?」
「………、…」
もしかして…僕、彼に馬鹿にされているのか?
まさか二十七歳(男)の僕にそれを本気で言えとか言っていないよな、冗談だろ。――僕の感覚でいうと誰にそれを言われても可愛いなぁとはならないのだが、許される許されないの基準でいえばそれを言って許されるのは女性、あるいは普遍的なオメガ属のみである。…僕なんかがそんなこと言っても、気持ち悪すぎないか?
「もちろんですよユンファさん。大興奮。興奮のあまりに鼻血が出たら申し訳ない。」
「……、…、…」
一人で(妄想の中の僕と)会話してる。…この人(やっぱり)頭おかしいんじゃないか。
というか、わかった…――セックスよりよっぽど、え っ ち なんて甘い言葉を言わされるほうが僕は恥ずかしいらしいのだ。……あといくら求められても、やけにノリノリで提案してくるソンジュさんのそのセリフは、かなり言いにくい…言える気がしない…いや、はっきり言って言いたくない。
「…駄目か…、なら――僕、ずっとソンジュのおちんちんが欲しかったんだ…僕のぉ、おまんこに…あ、ちょっと言いにくそうな感じでお願いします。あとできれば、ソコを恥ずかしそうに広げて。…僕のぉ、おまんこに…君のおちんちん、挿れて…♡ いっぱい奥突いて、いっぱい…可愛がってね…♡」
「…………」
いや申し訳ないが全部駄目 である。正直全部言いたくないんだ。いや努力はしてみようかとは思うが、…性奴隷扱いとはまた違った恥辱で死ぬんじゃないか、僕。――後悔。
高校生のときにしろ大学生のときにしろ、恋愛よりゲーム、恋愛より本、恋愛より勉強、恋愛より友達、なんて過ごすべきじゃなかったのだ僕はきっと。…それこそ女子からも男子からも告白はされていたのだから、とりあえず誰かしらとは付き合ってみるべきであったらしい。
「……ならこれはどうですか、ユンファさん。――ソンジュ、今夜どうかな…? 今日は僕、君といっぱいイチャイチャしたいな…♡ 優しく…してね…?♡ それと、いっぱい頭なでなでして♡ いっぱいぎゅうって抱き締めて…♡ あと、僕にいぃっぱい、キスしてほしいにゃ…♡」
「……、…、…」
にゃ゛…?
まさか、世のカップルってみんなこういうセリフ で誘い合ってセックスしてるのか…? 僕に恋愛経験があったら、そうしたらソンジュさんのこのセリフの正当性が判断できただろうに、大失敗である。
というかさすがに作家先生だな…――レパートリーが多い。…もう何が普通なのかわからないが、少なくとも普通のラインは越えているだろうソンジュさんは。多分。
首から上――どころか、全身が羞恥に熱くなり、僕は涙まで滲んできた。…どうかしてるだろう、こんなの。
「あと上目遣いはマストかと。…幸い俺ってユンファさんより八センチも背が高いですし、そう難しくないはずですから、ぜひ――いや本当に、それにしても先ほどのユンファさん、可愛かったなぁ……」
「…………」
僕の気持ち的に難しいんだが。
というかそういえば、さっきも…僕ら、八センチ差ということは――僕が178センチであるから、ソンジュさんは…186センチもある、と。そりゃあ高いな。どうりでスタイルが良いわけである(もはや身長を把握されていることにはもう何も驚かない)。
あと、僕の上目遣いにマストもクソもないはずだ。…というか目が大きな人なら可愛いのかもしれないが、僕って目は大きくない。切れ長ツリ目の男が上目遣いで甘ったれるって…悪けりゃ張り飛ばされる。それくらいムカつく顔だと思うんだが、どうなんだろう(さっきはついやってしまったが、あれは愛嬌のつもりじゃなかった)。
こんな可愛げのない――オメガ属らしさのカケラもない――僕に、上目遣いを要求した上であんな甘ったるいセリフを言えというソンジュさんは、…何なんだろ、本当に変わった人だ。特殊性癖か…思えば足フェチだしな。
いやまあ、確かに「ユンファのおまんこイきます♡」と言わせたがる人はこれまでにも多くいたか(ケグリ氏を始めとして)。――僕のこの見た目でユンファの…という一人称のギャップが、馬鹿らしくて惨めでそそられる、みたいな人は少なからずいた。…そういうことか…?
「あの…俺のユンファの上目遣い…ヌけるよなぁあれ…もはやあれだけでイける……」
「……、…」
いや、…聞き間違えだろうな。間違いない。
どうやら僕のこの一週間――“恋人契約”は、かなりの前途多難らしい。…性奴隷でいるよりもよっぽど無理難題が降り掛かってくるものだったようだ。
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