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                「ということで…わかりましたか? そういう感じでお願いいたします」――と言われた僕は、正直わかりません、というか嫌です、というマジ本音を隠し、とりあえず頷くだけは頷いて「善処はしますね…」とだけ答えておいた。…上手くできる気がしないというか、正直やりたくはないが、でも。    努力だけは、しなければ。  できたら、僕に本気で惚れてもらいたい、それで“契約”のことは無しにしてもらいたいのだ――ていうか、じゃないとセックスしてくださらないというなら、…言うしかない(セックスが僕の頑張りどころ、唯一の見せ場みたいなところがあるだろう)。   「…………」    そしてあの広いリビングから、廊下へと出た僕たち――僕はソンジュさんに相変わらずエスコートされ、その廊下に出て右手、一つ扉を超えた先、二つ目の扉へと導かれた。    いまはその扉の中…八畳はありそうな、広い脱衣場に居る。――この脱衣場もやわらかい暖色系の照明が灯されていて明るく、ただ――先ほどの部屋と違うのは、やはりある程度生活感があるところだ。   「…………」    とはいえ、まるでホテルの脱衣場だ。  中は快適な温度に保たれており、入って右手側には一面ガラスの壁――そのガラス、透けて中の浴室の様子が丸見えだ。…浴槽に面した壁もガラス張り、その中に埋め込まれているのは、綺麗な森の一角を切り取ったような――黒い岩と苔と植物、上からは太陽光のようなライトがついている。…しかもチョロチョロと小川というか、小さな滝…? 山のように盛り上がった黒い岩の隙間から、チョロチョロと穏やかに水が下へと滴り落ちているのだ。ここまできたらトカゲやヘビくらいいそうである。    その埋め込まれた森のほかは黒いタイル張りの壁、シャワーヘッドがフックで固定され、その下の棚にはシャンプーやリンス類のボトルがあり、棚の隣には黄色いボディタオルが鉄の棒にかけられている。そしてその隣に広く白い浴槽、白い床には透明感のある黒い風呂椅子が置かれている。    いや、それはいいのだが…――脱衣場から浴室が丸見えなのには、なんの意味があるのだろう…?     「……、…」    まあ…セレブは裸で寝るとかいうし、そういうことなのかもしれない。――そして、この脱衣場…出入り口から奥まって細長い作りの此処は、左手に細長い一メートル以上の、大きな鏡のある洗面台がある(ちなみに浴室が丸見えなため、この鏡にも映っている)。  この鏡の裏にはライトがあるらしく、薄黄色の光をまるでオーラのように放っている。…そして蛇口はひとつしかないが、四角いシンクは白く広くて、二段の階段のように段々と深くなっている形だ。    またそのシンクの端に、チクチクと上にまっすぐに伸びた緑の、観葉植物の小さい植木鉢が置かれているほか、蛇口の隣には陶器でできた白い、おそらくはハンドソープのボトルも置かれている。――そのハンドソープの、反対側の蛇口の近くに木製の筒状の歯ブラシ立てがあり、その歯ブラシ立てには水色の歯ブラシと薄紫色の歯ブラシが立てられている。  そして、その洗面台の隣にはおそらく着替えやタオルなどを置くような台があり、ここの端にもパキラの小ぶりな植木鉢がある。   「………、…」    床には、籐でできているような洗濯かごが置いてある(中には何も入っていない)。  その洗面台の、パキラ側のほうにある棚は僕の目線の高さほどで、そのコーヒー色の棚には引き出しがないが、そこにはきちんと折り畳まれた大小のタオルが収納されているほか、ドライヤー、化粧水などのボトル、整髪剤の丸い缶…なるほど。   「…………」    やっぱりソンジュさんも、人間だったらしい――。   「……脱がないんですか。…」   「………、…」      そうだった…――。         

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