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「…………」
本当に、一緒に風呂に入るつもりらしい。
僕は目のやり場に困って、顔を横へ背けてしまった。
シュル…シュル…と布が肌に擦れる音――ストン、と軽い衣服が落ちた音。…ドキドキと小さくも速まる鼓動に、僕はまぶたの下で瞳を揺らす。
僕は目線を泳がせ、は、とした。
「………、…」
二度見したのは、ソンジュさんが今背を向けている、洗面台の大きな鏡だ。――見てはいけないもののような、あるいはあまりジロジロ見ないほうがいい気がして、僕はふっと顔ごと目線を逸らしたが。
「…どうぞユンファさん…見たければ、見てください。」
「……、…それ…」
僕は腹の底から込み上げる震えに、喉が詰まってはかなり絞った声で、そうとしか言えなかった。
確信はした――やっぱりソンジュさんは、カナイさんだ。
「…もう貴方に、こ れ を隠すつもりはありません。…この孔 雀 こそ、俺が一生背負うべきものなのですよ。――見てくださいませんか。…怖くとも、どうか」
「……、……」
僕は、瞳を揺らしながらも――覚悟を決めて、ソンジュさんの背後…鏡に映った、彼のたくましい背中に目線をやった。
ソンジュさんの、象牙色の背中一面には、黒一色のタトゥーが彫られていたのだ。
見る者を睨み付けるような、鋭い目付きのオスの孔雀、広げられた九本の飾り羽根――飾り羽根にはいくつも目が描かれている――の中央、羽根に丸く囲われた大きく黒い文字の、“九条”。…その九条を背負っている、羽根を広げたオスの孔雀は、松の木の枝をその足でしかと掴み、松の木に留まっている。
そして、その松の枝は伸び――ソンジュさんの上体の前面へと、繋がっている。
僕は自然とその、ソンジュさんの体を這うような黒い枝を目でなぞり、辿る――。
「………、…」
ソンジュさんの胸板は薄くもなだらかに、胸筋で膨らんでいる。――そして、その胸の下を支えているような黒い枝はゆるりとたわみ、彼の胸板の中央にまで、その鋭利な梢 を伸ばしていた。
彼のみぞおちはへこんでいない。
その腹筋は、浅いながら薄い皮膚に覆われて、六つに割れていた。…くびれはなく、全体的にしなやかな筋肉を纏っているその体は、痩せていて細いが、大きくたくましく見える。
象牙の肌色をしている彼の上体は、ライオンのように、しなやかな肉食獣の体つきをしているが――その人の腰にも、黒い松の梢が這い寄り、その尖った先端を覗かせている。
はた、と見ればソンジュさんは、神妙な顔をしていた。
「…俺は、この九条ヲク家に――神 の 目 を持って、生まれました。」
「………、…」
神様だ…――ソンジュさんは、本当に神様なのだ。
復活…救い、太陽…――神様。…あまたの神 様 の 目 が鏡越し、僕のことをじっと見ている。
「…貴方は…本当に、神様だったのですか…」
「……ふ、どうしてそう思われるのですか」
「…孔雀…、孔雀は、僕が信じている神様の、象徴なんです……」
僕はまたわソンジュさんの背中にある、孔雀を見ていたが…――彼は僕を神妙な顔をして、見つめていた。…目線を戻せば、またその淡い水色と視線がかち合う。
「…そうですね…、その実、そういった意味もあるのですよ、この孔雀には…――九条の九に、雀と書いて九雀 と読みます。…この九雀は、九条ヲク家の守護神であり、家紋でもあります。」
「…………」
ソンジュさんの目は、虚の水色の瞳だ。
まるで空気のように空っぽな目だ。…そこにありながらも色はなく、自我のない――青空のような、瞳だ。
「――九条ヲク家の当主は、代々この九 雀 を 背 負 う のですよ。…しかし、それを決める要素は、至ってくだらないものです。」
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