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               ソンジュさんは臆することもなく――いや、というよりはその水色の瞳を空っぽにして、ボソボソと続ける。   「…この水色の、()()()()()()()()を持つ者――この目は通称、“()()()”と呼ばれています。」   「…………」    涙を滲ませそうなほど、空虚な瞳である。  それでいて少しも滲まない涙、乾いたその水色の瞳は、翳っている。   「…このアクアマリンの目を持って、九条ヲク家に生まれた者こそが…()()()()()()()()()として、一族を率いてゆく、という役目を担うのです。――神とされている、九条を築いた祖先が、この水色の瞳を持っていた……ただ、それだけの理由でね」   「…………」    ソンジュさんの目は、今――まるで空気のようだ。  こんなに神聖な孔雀を背負っているソンジュさんは、神を背負っているようなものなのだと、…その孔雀こそが、途端に重たいもののように思える。――そんな、水色の瞳だ。   「そもそも…ヲクには、(ぎょく)という字が当てられているでしょう。――玉とは、もちろん貴石のことを指します。…すなわち(ヲク)には、我々が国の宝であるということ、王となる者が宝を持っている、という意味…そして、我々条ヲク家に属する者の目が、宝石のようである…ということにも、起因しています。」   「…………」    まさか…とは思うが。  ()()()()()()()()――いや、さすがにそれはないか。  ソンジュさんはまるで人形のような無機質な目をして、僕のことをじっと見てくる。   「…ちなみに、このタトゥーは…元服(げんぷく)といいまして、“神の目”を持つ者が数えて十五の誕生日に、通過儀礼として、背中に彫られるものです。…」    悲痛な目をしている。――それでいて、完全にすべてを諦めた、人形のような目をしている。   「――俺はもう、逃げられません。」   「…………」    そこでソンジュさんは、少しだけ微笑んだ。  恐ろしく感情のない笑顔を浮かべ、彼はその顔をほんのわずか傾けた。――傾けて、僕を見ているソンジュさんは、諦観の笑みをその声に含ませる。   「…ちなみに九雀が留まっている松は…影向の松(ようごうのまつ)といいます。――神仏が宿り、依代(よりしろ)となる松の木、という意味で…、この松は、俺独自のものだ。俺の名は、松に樹木の樹…それで松樹(ソンジュ)と読むのです。」   「…………」    松樹(ソンジュ)――つまり、ソンジュさんの正式な名前は――九条(クジョウ)(ヲク)松樹(ソンジュ)だと、これでわかってしまった。  大事にするべき正式な名前を、間接的にも僕へ教えてしまっているが、…やはりソンジュさんは、僕と結婚したいのだろうか、と場違いにもふっと思う。  ふと、ソンジュさんは自嘲するように眉をたわめて笑う。   「…タトゥーを彫られる前に逃げればよかった…正直、そう思ったこともありました…、しかし結局、そういう問題ではないのですよ…――()()()を持って生まれ落ちた時点で俺は、もうこの運命からは逃げられなかった。…今はもう、そのことがよくわかっています」   「……、……」    今のソンジュさんの声も、まるで空気のようだ。…すべてを受け入れ、ほかに動くものの生み出す流れに従うほかない空気のように、彼の声には自我がない。   「……()()()()から俺が逃げられるときは…俺が、死んだときだけでしょう。」   「……、……」    僕は目線を伏せ、彼の上体に這う黒い梢の先を見た。  それはまるで、ソンジュさんの体を蝕んでいるように見えた。――赤い。…よくわかる。貴方はあまりにも苦しんできた。貴方は今もなお、まだ()()()()に苦しんでいる。  ソンジュさんが生まれたときに背負わされた孔雀――九条の名。…それは重たい鎖なのだろう。――これは…僕のタトゥーよりもずっと重たい、鎖なのだろう。首輪なのだろう。――ソンジュさんは、決して自由じゃないのだろう。    彼を羨む人は多くいることだろう。  ヤマトの国民はことに、クジョウ・ヲク・ソンジュという人を、完璧で、妬まれるべき人だと思うことだろう。    しかし…――()()()()()()()など、この世にはいない。     「しかし…俺が逃げれば、今度は、弟や妹の元に生まれた青い目の子供が、この九雀を背負う羽目になるのです。――俺はもう、これでも()()()()を完全に受け入れていますよ。…」   「………、…」  本当だろうか。  それは、本当なんだろうか。――()()()()()()()()()()貴方は、本当に()()()()を受け入れきれているのか。    僕は疑問である――。  神に飼われている鳥は、本当に幸せなのだろうか。   「…それに、この風習は九条ヲク家のみならず、条の付く家はみなそのようですから。――今に残る五の条家それぞれの当主が、それぞれの家を背負って生きているのです。」   「…………」    ソンジュさんは、あまりにも虚ろな目をしている。  もはや悲しむことをやめた、獣の目だ。――諦め、受け入れ、牙をしまった。…そんな悲しい獣の目をしている。    皮肉だ。  孔雀は不死鳥…不死をも象徴している。――孔雀は、死ぬことすらも自由に選べない、鳥なのだ。   「……ソンジュさん…」    僕は、涙目になって目線を下へ――その人の左手を取って、軽く上げた。…するとソンジュさんは、優しい声でこう言うのだ。   「…()()に関しては、…貴方が、無理に見る必要はありません。…ユンファさんは、目を塞いでいていいんですよ」   「…………」    何も言えなかった。――その人の肘から下に、無数に刻まれている白い線、薄赤い線、…生々しい赤紫、剥がれてしまった赤い線。   「…醜い傷など、なんの価値もありませんから。」   「……いいえ…ソンジュさんの、心の傷が…よく見えます…、よかった、目を塞がなくて……」    ぽたり、ソンジュさんの心の傷に、僕の涙が落ちてしまった。――助けてと言いたかったのは、…貴方も同じなんじゃないのか。   「…っむしろ見られてよかった、…僕と貴方は、背負うものが全く違う…、貴方ほど、僕は重たいものを背負っているわけじゃありません…――でも貴方の気持ちは、どこか…なぜか、僕にも少し理解できます…」    貴方はきっと、自分で、自分の傷を見えるようにしている。――僕にも、貴方の心の傷が、よく見える。    僕にはよくわかる。  流れゆく朱色の水…あえて増やし、見えるようにすることで、癒やされる傷がある。――自分はこんなにも苦しいのだと、悲しいのだと、嫌なのだと、愛されたいのだ、助けてほしいのだ、どうかそんな自分を見て、と。    なぜか、よくわかる。  その気持ちは、なぜか僕に痛いほど伝わってくるのだ。    僕は、目を塞がなくてよかった。   「…理解しかできませんが…、いや、きっと理解さえも、きちんとはできていないんでしょうが…――それでも僕は、貴方の傷から目を背けません……」 「………、…」   「…痛いなら、僕には…痛いと、言ってくれませんか…」      僕は拝むような気持ちで、うなだれた。     「…そうしてくれたら、僕が…貴方の代わりに、この傷を見留めますから……」             

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