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ソンジュさんは僕の腹あたりを、後ろから両腕でやさしく抱き締め――僕がぼんやりとしている間に、もう林檎は食べ終わったのだろう――、僕の肩に、ちょんと顎を触れさせると。
「……まず始めに…ユンファさんはそもそも、ア ル フ ァ 属 の 血 が 濃 い オ メ ガ 属 の特徴を、持ってらっしゃいます。…」
「……ええ…」
とはいうが。僕には、もうそこからわからないのだ。
まあただ、多分そうだとは思う。というのは――僕は現に『DONKEY』のお客を始めとしたさまざま人から、アルファを犯している、という体 でさんざん体を暴かれていた。
またケグリ氏にしろ、「アルファの真似事なんかしても、どうせお前はオメガ なんだ」ということを、何度も何度も僕に言っていたくらいだ――。
いや、そもそもとして僕はしばしば以前から、アルファだと勘違いされるような容姿らしい…というのは、まあ自覚しているところである。――が?
「…確かに、たまにアルファだと間違われることもあります……」
「…ええ、そうでしょうね。いえ、これはわりと単純な話ですよ。…たとえばですが、まあ…アルファよりは控えめにしろ、ユンファさんの歯…――特に犬歯が、人より尖っていらっしゃる、とかね。…ちょっと見てくださいますか。…ほら…、……」
「……はい? ぉ…、……」
近。…いや…“い”、と片方の口端を真横に引き、自分の白い犬歯を見せてきたソンジュさん。――たしかに彼の犬歯、いや犬歯から奥の歯にしても、まるで肉食獣のそれのように鋭く尖っている。
「……、これは、裂肉歯 、といいましてね。…アルファ属の歯は肉を食らうため、他属性よりも硬く、鋭いのです。…ちなみに体質的にも、アルファ属は肉食のほうが、遺伝的に体には合っているそうです。…」
「……へえ…」
本当に、狼みたいだ。
…いや、アルファ属の人々はそれこそ、月に一度本当に狼になるというのだから、まあある意味では本当に狼、といえるのかもしれないか。
なんて考えつつ…――とりあえず僕、ソンジュさんは歯の説明を終えたようなので、またなんともなしにやや顔を伏せた。――ずっと泡がもこもこだ。…わりと時間が経っているのに、全然ヘタらないんだな…?
「…………」
高級なんだろうなぁ、入浴剤さえ…――。
「…そしてユンファさんの歯もまた、普通のオメガ属や、ベータ属よりも際立って、その肉食獣の歯の形…――つまり、裂肉歯的な歯の構造をしていらっしゃる。…」
「……え、…あ、そ、そうなん、ですか…?」
ぼうっとうす水色のあわあわを見ていたために、ハッとする、が……いや。――そうなのだろうか?
「…ええ、そうなんですよ。」
「……へえ…、……」
ちょっと、自分の犬歯を指先で触ってみる。
ソンジュさんには、「どうですか? 尖ってるでしょう」と言われたが…――どう、なんだろう…?
自分の歯の形なんて、そうじっくりと見たことはなかった。…それこそ僕は、歯に関しては本当に健康そのものの人で、小学生のころに歯列矯正をしてもらったっきり、歯医者にもかかっていないくらいだ。
まあ、歯列矯正をして、歯が磨きやすい形に整えられているからこそ…なのかもしれないが、虫歯になったこともないので、そんなに自分の歯には、あまり関心が…――そういえばソンジュさん、僕の歯の形に合わせた歯ブラシなんて用意していたな(下手したら僕本人よりも、僕の体に詳しそうじゃないか?)。
いや、とにかく…そもそも僕は、自分の歯の形にも疎いというのに、誰か他の人の歯と自分の歯を比べるなんて、もっとしていないのだから――。
「……そうなん、だ…、初めて知りました……」
「…はは…まあ、歯の形なんて、そうそう人と比べて見たりしませんものね…――いや、しかしのみならず…この件に関していえば、単純なことでは?」
「……と、いいますと…?」
単純な、こと?
自分の歯の形すら自覚していなかった僕にとっても、単純な話なのだろうか。――するとソンジュさん、ふふ…と何か、柔らかく僕の頬に笑みの息をかけてきた。…ぞく、と僕の、そっちの頬が粟立つ。見ていないので知らなかったが、いま何気なく僕のほう向いているんだ、彼。
「……そもそもユンファさんの容姿は、アルファの俺から見ても、実にア ル フ ァ 的 ですが?」
「……ぁ、ああなるほど…、確かに……」
と、僕の頬の真隣で微笑んだソンジュさんの、その甘い吐息に僕は、今にも顔を横に背けたい――が、それはあからさますぎるので、こらえる。
「…お美しいその切れ長の目…、凛々しくしっかりと濃い、端正な眉…、鋭利な歯、長身。骨格にしても、男性的に発達されていて、いやぁとてもそそら…いえ。ははは…――一目見ただけではまず、誰も貴方がオメガ男性であるということは、判別がつかないでしょう。…」
「……、……?」
ん…?
今しれっとそ そ ら れ る なんて言いかけなかったか、この人。――いや、気のせいかも…いま僕、結構、ぼーっとしているし――…「まあ、ユンファさんほど抜けるように色の白いアルファも、いなくはないことでしょうし」…そう流れるように付け加えたソンジュさんは、僕の腹を後ろから抱き寄せなおし。
「……つまり、そのようにしてユンファさんは、アルファから見ても明らかに、アルファ属の血が濃い人なのですよ。――まあ…これは殊 に、条ヲク家の者がよく知っていることですので、もちろん貴方がそのことをご存知でなかったのは、当然ですが……」
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