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                  「………、…」    条ヲク家の人ばかりが…――知っている。  …ソンジュさんの声は、控えめだ。――だが、この浴室というこもった密室に、じんじんと響いて聞こえてくる。   「…そもそもオメガ属というのは、どのような属性の組み合わせでも生まれる存在とされていますし、…何よりいまだ、なぜ人がオメガ属として生を受けるのか、その点が解明されていませんから…――いわば、コントロールのしようがない。…」    ソンジュさんは僕の片頬の隣で、滔々(とうとう)と続けてゆく。――それこそ今もなお、ちょろちょろと僕らの隣、ガラスケースの中で岩の間を流れてゆく、その水のような、控えめでも、滞りのない声で。   「…いやまあ、人が人の性別や属性をコントロールしようだなんて、それこそ愚かで烏滸(おこ)がましいことだとは思いますがね。…――ですから、条ヲク家の者の間でもしばしば…それこそ昔から、()()()()()()()()()()()()()が起こっていた、という記録が、残っているのです。」   「…………」    つまり…――。   「…つまり、一族が、アルファのみで構成されていると、世間には思われている条ヲク家にも――昔から稀ながら、オメガが生まれていた。…しかし、ヲクはその事実を、今もなお世間には、あえて伏せています。…」    そう語るソンジュさんの、その声はやはり、どうも起伏がない。――機械音声のような、あるいは肉声にしても、ルールを遵守しすぎて機械的になってしまったナレーター、そのような。――聞き取りやすいが、人の声にしてはどうも、淡白なようだ。   「…また我々条ヲク家は、その事実を記録こそしているが、世間にはそのことを明らかにしていません。――まあ、戦前のヲクであれば、そうして家に生まれたオメガのことを、()()()()()()()()()になるとして…すなわち、他のヲク家に嫁がせられるとして、そのまま育てていたようです。…しかし……」    と、ソンジュさんは、やや語尾に含ませた複雑そうな沈みを、次には盛り返して――また、淡々と。   「…そうだとしても、国の決まりで、王家に生まれたアルファ属以外は、ヲクの名を名乗れない。…ですから、昔からヲク家に生まれたオメガたちは、ヲク家の者としては扱われなかったそうです。…」   「…………」    僕みたいな人が…昔から、ヲク家には存在した。  そしてその人たちは、昔なら、まだそのまま実の両親に育ててもらえた…――いや、でも…ソンジュさんは、()()()()()()なのである。  するともしか、育ててはもらえても、家族の一員とは扱ってもらえなかったのかもしれない…――。   「…まあとはいえ…オメガにしても、容姿がアルファによく似ているわけですから…――その時代においては、世間相手にアルファのふりをさせられていた、ともありましたが。…」   「…………」    なる、ほど…――。  本当に、昔からそういう…――なんだろう、駄目だ。  僕、なんか…今、全然…難しいこと、複雑に考えられない。らしくなく直感的だ、今はやけに。  駄目だ、駄目だしっかりしろ、…しっかりしなきゃ…自分でこのことを聞いたんだから。――僕、気が抜けたというのもあるし、疲れてもいるんだろう。   「…そして、近年の…いわば、条が付いてからのヲク家ははっきりいって、アルファの血統に執着しています。…すると条ヲク家に生まれたオメガの存在は、条ヲク家の名折れだとして、恥じるようになっている…――これに関してはもう、そう説明はいらないかと」   「………、…」    つまり…僕は、恥だから――。  …オメガとして生まれてしまった、恥ずかしい存在だから、――実の両親に、捨てられた。   「…そういった勝手な事情から…ヲク家に生まれたオメガの存在は、人知れず隠蔽されてきた。…ですから、それこそ条ヲク家以外の、外部の人間はまず、この事実を知らないのです。――ただ一つ言えることとして、条ヲク家にオメガとして生を受けたのは、何もユンファさんが初めてのことではなく、また条ヲク家にしてみれば、さほど前代未聞のこと、というようでもない。……」   「…………」    オメガを使って、一族を繁栄させてきたのに…――一族に生まれてきたオメガは、恥ずかしい存在扱い。  ときに恥ずかしいからとアルファのふりをさせられ、ありのままの属性では認められず。――ときにこうして、無かったことにされる子供。――ただ、オメガとして生まれたと…ただ、それだけの理由で。  こう思ってしまうのは、僕が、()()()()()捨てられたオメガだからだろうか…?    あまりにも酷いじゃないか…――と。 「……そして…ヲクというのはやはり、何代遡ってもアルファ、アルファの家系ですから…いわば、アルファ属の遺伝が濃い家系となります。…そのような、濃いアルファ属の遺伝を持って生まれたオメガは…――記録にもありましたが、みなオメガ属にしてもユンファさんのように、一見はまるでアルファ属のような…そういった特徴を持っている、とのことです。」   「……なるほど…、…」   「…ええ。さて…これを言い換えれば、なのですが……」    ソンジュさんはやはり、聞き取りやすい弁舌で、淡々と続けていった。   「…そもそも、このヤマトでアルファの血が濃い人というのはまず、条ヲク家に関連した者以外いない、と言っても過言ではないかと。――なぜならばご存知の通り、この国にいるアルファのその大概は、ヲク家にまつわる人々であるからです。…」   「…………」    なんとなく、ぼやけていた頭が冴えてきた。――さっきはリラックスしすぎてきたのかもしれない。  そうだった…――このヤマトのアルファ…ミコトアルファたちはみな、そのほとんどがヲク家に関係している人たちだ。…なぜならアルファ属はそもそも、圧倒的に絶対数の多いベータ属よりも劣性遺伝――すなわち、意図的に守り続けなければ淘汰されてしまうような、そうした遺伝構造をしているからである。    そして、今ヤマトに存在しているミコトアルファたちのほとんどは、先祖にあたる王家ヲクの人々が大事にアルファの血統を守り、超劣性遺伝のオメガ(夜伽(ヤガキ))か、あるいはアルファ属同士で、意図的にアルファ属の子孫が生まれるよう王家、という組み分けで自分たちをある意味では隔離し、生殖していった結果――今の時代に生きているミコトアルファのそのほとんどが、ヲク家にまつわる人々となった。   「…まあ、うんと遡れば先祖にアルファがいて、隔世遺伝的に生まれているアルファなんかも、この国にはいますがね。――とはいえ、隔世遺伝は隔世遺伝だ。…アルファの血が濃いオメガともなれば…まずヲク家に関連していると考えて、間違いはないのですよ。」   「………、…」    僕はあたかもまるで、アルファのような容姿を持って生まれてきた。…それはなぜかというと、僕の体に組み込まれているアルファ属の遺伝子が、ひと際濃いからこその影響であり――またこのヤマトにおいて、アルファ属の遺伝が濃い人というのは、歴史的にみてもまず、条ヲク家に深い関係がある人のみである。    だから僕は――五条ヲク家に生まれた。  …と、ソンジュさんはそのことをこうして、理論建てて説明してくださったらしい。       

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