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「…ね…? それに、ユンファさん…――ただゆったりと、自分の今の心を感じ、今の自分の体調や感情、今の自分のことを知る…というのはその実、リラックスに最適な方法でもあるのですよ。……」
「…………」
心地良い――ずっとこうしていたいくらいだ。
「……ふふふ…うっとりして、可愛いな……」
「……ぁ、♡」
と、ソンジュさんの声が、――僕の耳に直、というように近くなり、ぞく…としてしまった。
それどころか彼、そう言いながら僕の胸板を、するりと両方包み込んできて、…正直、乳首に彼の手のひらが掠め、思わずぴくんと――ハッとする。
「…可愛すぎるよなぁもう、ユンファさんは本当に…、ふっ…ククク…――そんなに俺の声、気持ちよかったの…? そんなに無防備だと俺、また貴方のこと襲っちゃいますよ……」
「……――あ、…ご、ごめんなさい、…」
というのも、ソンジュさんの言葉に聴き入っているうち、そう長い時間でもなかったというのに、僕はすっかり恍惚として、ぽーっと――そうしたら僕、いつの間にか、目を瞑ったまま…彼の上体に背を預けてしまっていた。…全身が脱力していたのだ。
「…はは、いいえ。むしろ、もっともたれかかってもいいのに……」
「…ぇ、? い、いえ…大丈夫、もうほんとに、…ありがとうございま、…っあぁ…♡ や、…っ嫌だ、…」
僕は慌てて上体を起こそうとするが、ソンジュさんは僕の両胸を揉みながらぐっと抱き寄せてきて、それを阻止…というか、僕の背中に密着してくる。
「…っソンジュさん…嫌、です、! ……」
だが僕は、ソンジュさんのその手を無理やり引き剥がし、胸板に腿の上部をくっつけるようにして、また膝を抱えた。
「……、はぁ…貴方が、はっきり嫌 だ といえるようになったのは、本当に嬉しいんだが…――ねえ、さっきも本当に可愛かったよ…。俺は何回でも、ユンファさんを抱きたいのになぁ……?」
「…………」
拗ねたようにあまーく囁かれても、僕は微動だにしない。…もう嫌だ。もうしたくない、此処じゃ…――いや浴室は本当に、声が、やけに響くのだ。…自分の、いやらしい声が……聞くに耐えないのだ。我ながら。
それに此処、ガラス越しでも外から丸見えだし…もしこのタイミングで帰ってきたモグスさんに、今度こそそ の 場 面 を見られたらと思うと、…ハラハラしてしまう。――悪いが僕は、だから今、とてもそんな気分にはなれない。
すると、さすがのソンジュさんも諦めたようで。
「……まあ、…じゃあ、話を戻しましょうか?」
「…はい、お願いします。」
と言いつつ、僕はまだガード固く自分の膝を抱えながら、その膝の上に顎まで置いている。――油断ならない、この人は本当に。
「……これは…もちろん今は、聞き流していただいても結構なんですがね……九条ヲク家に生まれている俺は、もちろん五条ヲク家とも顔見知りの間柄なのです。…ですから、もしユンファさんが――実のご両親に、会ってみたい、と思われるのなら…そのような場をセッティングすることは、俺としてもやぶさかではありません。…」
ソンジュさんは「それだけは、言っておきますね。」と付け加えて、どこまでも僕のことを気遣ってくれた。
「…………」
しかし、それは…どうだろう。
正直、今すぐにはどうとも判断できないことなのは、確かなのだ。――いや、そもそもソンジュさんは無理に、今決めろだなんて言ってはいないのだが――それでも僕は、考えてしまう。
頑固な僕は、自分の両親という存在が、僕を育て上げてくれた養父母だけだと思ってこれまで、生きてきた。…だから今更、実の両親に会う機会を与えられたところで僕は、会ってみたいとも、そうではないとも思わない。
…以前の僕ならば、きっとそう考えたことだろうが…しかし、今の僕は――今は少し、会ってみたいような、そんなような気もしている。…だが、怖いような気もする。
そんな僕の迷いを、ソンジュさんはやっぱり察している。
「…もちろん、今すぐ決めなくてもよいのですよ、ユンファさん。――なんなら一旦、遠くへ置いておきましょう。…ね、今は何も考えなくてよいのです。貴方に今必要なものは、何よりもゆったりと休息を取り、自分の心身を癒やして、整えることだ。…ですから、いろいろ落ち着いてからでも、何も遅くはありませんよ。」
「……はい、ありがとうございます、本当に……」
「…いいえ。…はは……ですが、正直いうと……」
そこでソンジュさんは、何か自嘲した笑みを含ませてそう続けるので、僕は、はい? と何の気なしに彼へ振り返った。――しかし彼は、僕と目が合うなり。
「……、ふ…すみません、やっぱりやめます」
「…え…?」
苦笑したソンジュさんは、ふるふると顔を横に振って、それ以上は続けなかった。
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