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                   しかし、――「正直いうと…」なんてついていたのならば、きっと今ソンジュさんが言おうとしていたことは、ソンジュさんの本音であったはずなのだ。   「……あの、ソンジュさん…僕はその、…――わ、我儘かもしれないが、…できたら聞きたいです…ソンジュさんの言葉、もっと…し、知りたいというか…もっと、貴方のことを……」    取り繕った、綺麗な言葉ばかりじゃなくて…――たとえば彼がいま、僕のことを想って言わない選択を取ったのだったとしても、それでも僕は、聞きたい。――今ソンジュさんが何を思って、何を言いたかったのか。…素直な彼の本音も僕は知りたいし、ソンジュさんのありのままだって――彼が僕にそうしてくれたように――僕は、受け入れてみたいと思っているのだ。  しかし、ソンジュさんは珍しく――その薄水色の瞳をくらくらと揺らして、…ふっと目線を伏せる。   「……、いえ、その……」    どうもうろたえているらしいソンジュさんは本当に珍しく、自信なさげな、小さな声で、しどもどとしている。   「……俺は……俺、…いえ、わかりました、じゃあ言いますが……」    ただ、そういまだ言うか言わざるか逡巡した様子ではありながらも彼は、目線を伏せたままにコク、と小さく頷いた。――だからこそ僕は、軽く覚悟を決めて、聞いている僕がうろたえたりなんかしないように。――たとえそれがどんなものであったとしても、きちんとソンジュさんの言葉全てを、しっかり受け留められるようにと。   「…はい、何でもおっしゃってください。」    慎重にそう声をかけた。  すると、ソンジュさんは怯えたような表情をして、やはり僕の目を見ず、そして、やはり自信なさげなような…かろうじて喉を使っているばかりのような、そんな力のない声で――。     「…俺…実は、ユンファさんが羨ましいんです…――。」     「……、え? な、そ、それは、…え…?」    びっくりして目が点になる。――僕が、羨ましい?  しまった、結局うろたえてしまった。…しかし、ソンジュさんに羨ましがられる要素なんて、僕なんかには一つもないと思うんだが。――そうあまりにも意外で、驚いてしまった僕だが…――ソンジュさんは目線を伏せたまま、どこか虚ろな表情と、そのような声で。   「……ユンファさんは、愛されている…。親という存在から、貴方は、愛されてきた……」   「…………」  しかしここまでで彼は、パッと僕の目を気遣ったように見て、眉をたわめながらも笑うのだ。   「…すみません…はは、でも、不幸自慢がしたいわけじゃないから、これ以上はもう……」   「……いえ、……聞かせて…ください、ませんか……」    僕は、…聞きたい。  俯く僕は…――ソンジュさんのことを、もっと知りたいのだ。…それに、ソンジュさんのその傷を知らなければ、僕は――もしかしたら彼のその傷を、悪気なく、無意識にも抉ってしまうかもしれない。  なぜならば僕は、ソンジュさんの言う通り――今でこそ性奴隷なんかになって、辛い思いをしてきたとはいえども――、親という存在に愛されて、幸せに育ってきた人であるからだ。  そして、先ほど「……。…ですが、正直いうと……」なんて、彼があのタイミングで言いかけたあたり、おそらくはやっぱり、僕は五条の両親にもどこか、僕には明らかではないにしても――ソンジュさんからしてみれば…? ――愛されている節があるのだろう。  しかし、同じ条ヲク家であっても、九条ヲク家に生まれたソンジュさんは、少なくとも、自分のご両親に愛されてきた実感がない――からこそ、彼は僕が羨ましいのだ。    そんな彼と僕とでは、大きな価値観の差がある。    そうに違いないのだから、もしかしたら僕はこの先、ソンジュさんのその傷を知らなければ…僕は彼のことを、無意識にも傷付けてしまうかもしれない。  ただ、だからといっても…――僕のその気持ちを押し付けて、無理やりソンジュさんの傷を暴くような真似は、するべきじゃない。   「…いや、ソンジュさんが話したくないなら、…その…話すのも辛いなら、もちろん無理には聞きません…――ですが、僕は…貴方のことをもっと知りたいし…、何より、僕らに育ちの違いがあるのなら、…そのことを知らなければ僕は、貴方を…無意識に傷付けてしまうかもしれないから……」    少しだが、緊張する。  僕はそもそも臆病なところがある人だが、こうして予防線を張るのは、今回ばかりは致し方ないことだろうと思っている。――この件に関してはそれくらいそっと、丁重に扱わなければならない事柄であると、僕は考えているのだ。   「…だから…無理に、今じゃなくてもいいので…、いつかで全然構わないので、もしよかったら……僕にもその話、いつか。…いつか、聞かせてくださいね……」    するとソンジュさんは、僕の腹に両腕を回して、きゅうっと僕に抱き着き――甘えるように、密着してきた。     「……ありがとう…、ユンファさんが、そこまで言ってくださるなんて……嬉しいです。…じゃあ…あまり、暗くならないようにお話ししますね…――。」           

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