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            「…それで俺、ちょっと羨ましかったんです。――ユンファさんは、たとえどのような辛い苦境の中でも、愛するご両親のためならば、どんなことでもできる。…その信頼関係は、貴方がツキシタのご夫婦に、真実の愛を注がれて育ってきたからこそだ。」   「………、…」    そうだ。――その通りだ。  僕は、両親に愛されて育った。――もちろん小さなころは叱られもしたが、何をしたってニコニコ褒められて、何をしたって肯定をしてもらえて、たくさん頭を撫でられて育った。  たくさん抱き締めてもらえた。――大好きだよ、愛してるよ、ユンファが大事だよ――僕は両親に、たくさんそう言ってもらえたし、ずっと彼らに守られてきた。    それが当然だとすら思ってきた。  それというのは本当に幸せなことで、事実とても幸せだったが――僕にとって、両親が僕のことを裏切ったり、僕のことを嫌いになったり、あるいは僕のことを二の次にするなんて、その可能性を考えることすらなかった。――本当に恵まれた、幸せ者だったのだ、僕は。   「…それに…同じ条ヲク家にしたって、…五条夫妻にも、貴方はきっと、――いえ。…すみません、考えの種を迂闊にばら撒いて、これ以上はユンファさんを、苦しめてしまうね……」   「……っ、…いいえ、…っ」    やっぱり、気のせいではなかった、と――僕は唇を巻き込んで、噛み締める。  ときおりソンジュさんに重なる、寂しそうな少年の顔。愛されたいと泣いている、少年――僕はおもむろに体を返し、…ソンジュさんの顔を見た。  お湯に浸かっているからだろうか…薔薇色に染まった頬、うす赤くなった首や鎖骨。――きょとんとした水色の目は、僕と目が合うなり、にこっと細まる。   「…はは、なぜ貴方が泣くの…? どうかご心配なく。」   「……、…、…っ」    そう気丈に笑うソンジュさんが、僕の目にはとても殊勝に映る。――泣きそうな嗚咽をこらえながら、僕は彼の、紅潮した頬を撫でた。   「……ユンファさん…?」    すると意外そうに目を開くソンジュさんだが、…僕は、眉を顰めながらも。   「…貴方は偉いよ、…っ貴方は偉い、…ずっといい子だったよ、ずっと……貴方は、――っ貴方は、愛されるべき人です、…それに、愛されるべき、子供でもありました、絶対に、…」    僕はもう、泣きながら、詰まりながら、それでも伝えたくて、一生懸命そう言った。――間違いないからだ。    ソンジュさんはそのことを勘違いしているからだ。  どんなにみっともなく歪んだ顔でも、どんなにみっともなく上擦った声でも、格好のつかない詰まり気味な言葉であっても、――それでも、これだけは絶対に、ソンジュさんに伝えなければならないことだからだ。   「…ソンジュさんがずっといい子でいたのは、…愛されたかったからでしょう、…っ誰よりも可愛い子供だった、子供のころの僕よりもよっぽど、…貴方は可愛い子供でした、…」    愛されることが当然で、愛されようと、愛してほしいと求めることさえしなかった――その必要のなかった――子供のころの僕のよりも、――どうか愛してください、頑張るから、言うこと何でも聞くから、いい子でいるから愛して、どうかぼくを見て…――そうして健気にいい子でいたソンジュさんのほうが、ずっと可愛い子供だったに違いない。    子供は、どんな子供であっても、愛されるべき存在だ。  なぜなら子供は、愛してほしいとはじめから訴えかけているような、そんな存在だからだ。――子供は、お母さんやお父さんに世話をしてもらなければ、生きてゆけない。    愛してもらわなければ子供は、死んでしまうのだ。  大人に気にかけてもらえず、一人で生きてゆける子供なんて、どこにもいないのだから。   「……、…い、いいえ…そんな、…現に俺は、可愛げのない……」    くら…くら…と揺らぐ淡い水色が、ぱちり。  幼気に丸くなり、大人のように諦観して細められ――伏せられる。   「…可愛くない子供でしたよ、自分でもそう……」   「……いいえ…――っ!」    僕は、ソンジュさんを抱き締めた。  ――彼が、…こんなにも愛おしい。   「…っだって、…だって貴方の、その話を聞いた大人の僕は、…こんなにもソンジュさんを、愛おしく思ってる、――子供のころの貴方を、叶うなら抱き締めてあげたいと、…っこんなにも願ってる、…貴方は本当に、本当に可愛い子供でした、…健気で、愛さずにはいられない子、……」    僕は涙を流しながらも、ソンジュさんの後ろ頭を、震えた手でなでなで、撫でる。   「…僕は貴方のご両親にはなれない、…唯一無二のお父さんにも、お母さんにもなれない、…――でも貴方を、…子供のころの貴方も含めて、僕は、……僕はソンジュさんを、愛しています、……」           

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