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だが、抱き締められて――僕が慰められてどうするんだよ、と…そう思った僕は、彼の背中をぎゅうっと抱き寄せて、ソンジュさんを抱き締める。――そして、彼の生肌の背を撫で、言いたいことを続けてほしいと思ったのだ。
「……すみません…、ソンジュさんが言いたいこと、もっと僕に聞かせてください」
「……、ありがとう…ユンファさん。…そう…俺はそもそも、こう考えているんですよ。――俺を生み出したのは、あの人たちの勝手だ。…生んでくれてありがとう…そうあの人たちに感謝をするべきだなんて、俺はそんなこと、少しも思っていない。…そもそも、そんな大層なこと、子供は親に対して、本当に思うべきことでしょうか?」
「……わからないです…でも、…貴方の気持ちは、よくわかります……」
僕は、「生んでくれてありがとう」と心から親に言える人こそが、理想だとは思う。――だが、それを言えない、言いたくはない人…ソンジュさんの気持ちもよくわかるし、それもまた正解だと思う。
僕は月下の両親に、生んでもらってこそいないが…「愛して、育ててくれて、本当にありがとう」と思っている。
つまりどちらも正解で、どちらも間違っているわけじゃないと思うのだ。――そのどちらかが人として駄目なのではなく、クズだとか、そうではなくて…ただ、その人の人生で培ってきたものが、ただ違うだけなんだと。
「…ただ自分たちのためだけに俺を生み出したくせに、それだけで親の顔されるのは、全く癪に障るんですよ……」
「…間違ってませんよ、それで、絶対に……」
僕はソンジュさんを否定したくない。――いや、否定なんか、とてもできやしないのだ。
「……あの人らは、実の親というだけで、俺の親になれる権利を持っていると勘違いしている。――親でありたいのなら、親として子に尊敬されてからはじめて、やっとその権利を有するものであるはずだ。…親としての権利を持てるときは、子供が尊敬できる親だと認めたときだけだ……」
「……それは子供が、育てられた子供だけが、決めていいことですよね……」
そうじゃない、お前は間違っている、お前は親不孝者のクズだ。――ソンジュさんのこの言葉を聞いたときにそう思う人は、この世の中にたくさんいることだろう。
もしかしたらソンジュさんのご両親こそ、彼のことをそう罵るかもしれない。――だが…そういう人は、みんな知らないだけなのだ。
そう言ってしまうだけの、深い、過去の深い、深い傷が、彼にあるということを、…ただ知らないだけなのだ。
「……親にとって子を愛したかどうかなんて、子にとっての、愛 さ れ た ということの基準になんかならない。…俺が愛されたと思わなければ、それは愛されたということじゃない。…」
「…そうですよ、そうに決まってる……」
虐待死をさせられた子の両親は、ニュースなんかでよくこう言うのだ。――『躾のつもりだった。自分なりに愛していた。だから叱った、もちろん躾として』…自分の子を殺していても、酷い親はそう言うのだ。
僕は今、こう思うのだ。――無償の愛情を持っているのは、必ずしも親ではなく――その無償の愛情というのを持っているのは、もしか、子供のほうなのかもしれないと。
それでも、何をされても子供にとっては――大好きなお父さんや、お母さんなのだから。
どんなに酷いことをされても子供は、お父さんやお母さんに、愛されたいと願っているのだから――。
「……血の繋がりがあるかどうかより、子供がこうして大人になったとき――子が自分の過去の真実を知り、失望しない人こそが…親、なのです。…」
「……その通りです、ソンジュさん……」
どうして子の幸せを願わない親がいるのだろう。
あるいは、どうして今子供を幸せにできないのに、その子の将来を幸せにするために…と、やりすぎた躾なんかをするのだろう。――子を叱ることは、大切なことだ。
だが、子供に深い傷を負わせることを、僕は躾だなんて言わせない。…その子のために、なんていうのは、ただの免罪符でしかない。
子供を弱い存在だと高を括ってる親は、馬鹿だ。
いずれ子供は、これからどんどん老いてゆく自分よりも、強い大人になる――。
人一人の人生を生み出し…――自分にとっても新たな人間関係を、ゼロから作り出したという自覚や責任…――すべての親と呼ばれる人は、それらをみな一律、背負わなければならないのだろう。
本当に子供の将来を幸せなものにしたいというのなら、子供の今を幸せにする、安心させて、無邪気に笑わせてやる、という責任を、きっと親は取るべきなのだ。――そして、今のその子を、たくさん愛してやるべきなのだ。
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