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                 すーっ…すーっ…と今度は、丁寧にクシで僕の髪を梳いて、整えてくれているソンジュさんは、後ろから僕に話しかけてくる。    「…俺が思うに…ケグリはきっと、ユンファさんが五条ヲク家の生まれであることを知っていて、貴方を手に入れようとしていたんだと思います。…」   「……、そうかも、しれませんね……」    それこそ、僕こそがそのこと――僕が五条ヲク家に生まれた存在であること――を今日知ったのだが、…逆にいうときっと、月下の両親もそのことを知っていたのだろうし、ケグリ氏もまた、十条に関わりがあるからなのか、はたまた僕の父と友人であったからなのかはわからないが、何にしても、僕もそのように思う。  ケグリ氏もきっと、僕が五条ヲク家に生まれたオメガだと知っていたのだろう。   「…恋心のみならず、ケグリは、貴方を手に入れることによって権力が欲しかったのだろうし…、それに……」   「………、…」    権力…――なるほど、とは思う。  ケグリ氏らしいと、なんとなくだが思うのだ。  自分の大学よりも良い大学に行っていたオメガの僕が、果ては続けて、大学院にさえ行っていた僕が許せず――僕に酷くするときは、いつもあの人…“オメガのくせに、ヤガキのくせに”と言っていたのだ。  そしてソンジュさんは僕の後ろで、少しムッとしたような低い声を出す。   「……復讐の意味もあったのかもね…――というのもケグリは、十条…というか、ヲクにまつわる存在に、()()があるのですよ。…」   「……、……?」    ケグリ氏が…ヲク家に、恨み…――?   「…ですから、五条ヲク生まれのユンファさんを犯す卑劣な快感や、優越感…――十条の自分よりももっと高貴な生まれの、五条ヲクの血が入ったユンファさんを所有している、という支配欲…――そういった醜い欲を、きっと貴方を性奴隷にしていじめることで、満たしていたところもあるのでしょう……」   「……、ていうか、ケグリ氏って本当に、十条家の生まれだったんですね……」    そういえば僕は、その点も詳しく聞きたかったのだ。  たしかにケグリ氏は、たびたび自分が十条家の生まれだと言って自慢していた。…正直、僕は半信半疑どころか、ほとんど嘘だと思っていたんだが…――どうやらソンジュさんの口振りからしても、それは事実のようである。   「…それに、恨みって…?」    また、僕はそれに関しても気になっている。  洗面台の広い鏡越しにチラリ見れば、僕の背後に立っているソンジュさんは、僕とおそろいの、紺色のバスローブを着ている。――ただ、僕の髪を乾かすことを優先したその人の、そのホワイトブロンドの髪はタオルドライのみで、いまだ湿ってくっついた細い毛束がちらほら、…しかもオールバックだった髪型から、前髪が下りて…その前髪の影の下、隙間から切れ長の綺麗な目が、――僕の目は泳ぎ、やっぱり僕は、目線を伏せた。   「…うぅん…言うか、どうか…――正直、迷いますね」   「……いえ、無理には聞くつもりないんですが…、……」    なんだか…なぜかはわからないが、ゾクッとしたな、ソンジュさんのその、湯上がり姿…――セクシーだ、というのは本当にそう思ったんだが…なんだろう?  怖いくらい、ゾクゾクっと…悪寒に近かったのだ。   「……まあ少なくとも、俺もモグスさんも、前からケグリのことは知っています。――俺なんかは特に、顔見知りという程度ですけど……」   「…………」    ソンジュさんは詳しい回答をするかどうか、決めあぐねているようだ。――悩ましげに「…うーん…」ともう一度唸ったソンジュさんだが、結局は。   「まあどうせ、これから過ごすうちにわかってしまうことかもしれませんし……」――と、言う向きな考えに変わっていっているようだ。   「…何より、ユンファさんに隠し事をするのは正直、胸が痛みますのでね…――実は……」    そこでソンジュさんは、やはり少し言葉に詰まった。  ――しかしそう間を開けることもなく、す、と軽く息を吸い込んでから、思い切ったように。           「――実はケグリ、モグスさんの…()()()なのです。」         

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