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                    「……っは? いや違うって、…はっ?」   「(僕を)襲った人なんだね」なんて、レディさんにやけに甘ったるく言われた男は、明らかにうろたえてビクンッとした。――しかしレディさんは、相変わらず可愛い顔をしたまま、どこかわざとらしいきょとん、の顔をする。   「…えぇ〜? じゃーぁ、どおして…? どおしてこの人、はだしでぇ。バスローブ一枚でぇ、いっしょ〜けんめ〜走って走って…逃げてたの、かな?♡」    こて、と首をかしげ、男に上目遣いで甘えた目線を向けながら、にこっとしたレディさん――男は目を白黒させ、慌てはじめては声のボリュームも大きくなる。   「え、そ、そっ…れは、だから、…オメガ排卵期ってなんか、情緒不安定になっちゃうもんらしくて、…いきなり怒ってさこの人、それで逃げちゃって……」    するとレディさんは、ふふふ♡ といやに可愛らしく目を細めて笑い――(なじ)っている場面のわりに、物凄く可愛らしいふわふわの、やや舌っ足らずな声で。   「…じゃーあ…なんで喧嘩したのぉ?」   「…いやだから、…なんだっけ? もう忘れちゃったよね、今仲直りの真っ最中だったもんね…?」   「……、…」    バッと僕へ振り返る赤髪の男は冷や汗をかき、いっそ、僕に助けを求めているようですらある。…しかし、僕は何を言うべきかもわからず――そもそも(かば)おうとも思えてはいないが――、ただ目を泳がせてしまった。   「なあっおいって、…アンタからも何か言ってよ、このままじゃ俺たち通報され…」   「…すみません……」    いや、申し訳ないが、ここは真実を言おう。  どうせもう現状は彼女たちに、嘘は嘘だとバレているようなものなのだ。――僕はレディさんたちを見据え、その実緊張はしながらも、震えた唇を開いた。   「…正直この人は、初めて会った人です…ただ、…」 「…おい…っ!」    すると僕の言葉のさなか、僕に裏切られたと思ったらしい男が、ギッと僕を睨みつけてくる。――いや…「ただ、僕は自分でここまで着いてきたし、途中までは合意していたようなもので」と、僕はその実、この状況の真実を続けたかったのだが。    すると、レディさんがわざとらしく「きゃ〜♡ たすけてぇ〜〜♡」と、白く華奢な鎖骨の上に拳を握って…思うに、なぜかとても楽しそうだ――なぜかこの場面で彼女、ニッコニコなのである。  そしておさとうちゃん…――と呼ばれた、ハンサムな雰囲気の女性が、目を細めて男を睨みつける。   「…初めて会った人と、仲直りですって…? アンタ、なぜ嘘なんかついたのかしら。――それって、()()()()()()()()()()()から、なんじゃないの…っ?」   「…っや、…すんません、やっぱ人違いでした、…」    すると、さすがの男も慌てて僕の手を離し、逃げようとしたが――グイッ。   「…ちょっと、何逃げようとしてんのよ。…アンタ、警察行くわよ。」   「…は…っ?」    そう、男の二の腕を掴んで引いた中性的な声の彼女。  すると男は不満げに眉を寄せ、「ふざけんなよ」といよいよ怒りをあらわにする。   「…ちげーから! 自分で着いてきたの、この人は。…自分の意思でしゃぶってきたんだよ、――此処で。」   「…あらそう。それで? 嘘つきの言葉なんて、ひとっつも信じられないわ。――強姦未遂…至ってなくても犯罪は犯罪なの。おわかり?」   「…………」    誰よりも当事者だというのに、他人事感があって申し訳ないが、かなり怒涛の展開だ…――いや、たしかに僕は、自分でこの男に着いてきてしまった。  強姦…かといわれたら、明確にはそうと言えないことだろう。…はじめに関していえばはっきりいって、この人は僕を無理やり犯そうとしてきたわけでもなく――冤罪…といったらまあ、そうとも言えるような気がするし――しかし、後半は…、こういう場合、どうなんだろうか…?    僕は合意していた、とも言えるが…――後半気が変わって嫌がった、というのも事実である。――そして、気が変わった僕を男が犯そうとしたのも事実ではあるが、…暴れたり、抵抗をしたりといったことを、僕はしなかったというのもまた、事実なのである。    いや、少なくとも僕に、被害者ヅラする権利なんかないことだけは確かだろう。――確かに僕は嫌だと言ったが、結局は自分で、男の勃起をしゃぶってしまったのである。    そう僕が、グダグダ考えあぐねているうち――この怒涛の展開は、さらに続いた。     「……ぅお、おぉぉぉお…っ! わっすいませんすいませんウチの子が、…や〜元気いっぱいわんぱくな子でして、いやぁすいませんね失礼、ほ〜んと、…あっお帽子素敵☆ ははは…――っあ〜もぅボクぅ、! もうちっと俺の老体を労って……」     「………、…」    モグスさんらしき人の困惑した声が、夜の閑静な住宅街、遠くから響いて聞こえてくる…――()()…おそらくソンジュさんも一緒にはいるようだが、…ただ、ソンジュさんと二人で僕を追いかけてきてくださったにしては、何かどうも、()()()()()は違和感が……――バウバウバウッ!     「……、…、…?」      なぜか…()()()()()()()()()()()()()()ような、バウバウバウッ――が。           

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