「…それにまりあはぁ、みーんなに自分のことかわい〜っ♡ って思ってもらいたいの。――だからまりあたち、このお仕事してるんだっ♡」 　 　と、何かはしゃいだように言うレディさんに、隣でサトコさんが、レディさんのそれをフォローする。 　 「…あ、そう、そうなの。実はあたしたち、ビューティーアドバイザー兼、メイクアップアーティスト…つまり、美容のお仕事をしてるんです。――といっても、あたしはレディの側で学びながら、彼女のサポートをしてるだけなんですけどね」 　 「……、そう、なんですか…凄いですね」 　 　としか、僕なんかには言えないが――本当に美容のことは僕、何も知らないからだ――。 　なんて僕は目を丸くしていたが、レディさんはやはり、助手席で明るい声を出す。 　 「…だってみんな、自分のことをかわい〜って思えたら、すごーくしあわせになれるでしょ？　鏡見てぇ、わあ〜♡ わたしってこぉんなにかわいかったの？ って笑ってくれたときの顔が、みーんな一番かわい〜もん♡」 　 「…素敵なお仕事ですね。素晴らしいです。……」 　 　自分を可(・)愛(・)い(・)と思えること。 　いや、きっとレディさんの言う可(・)愛(・)い(・)というのは、何も額面通りの意味ばかりではないのだろう。――いうなれば…自分の容姿を、自分で褒められたとき。綺麗だな、格好良いな、可愛いな、素敵だな。 　そういった、自分の容姿へのポジティブな感情を、レディさんはすべてひっくるめて“可愛い”といっているのだと思う。 　 　確かに、容姿で悩む人が多いこの世の中で、みんなが自分の容姿を褒められるようになったら、それは本当に幸せなことだろう。 　その幸せを引き出すお仕事か。――本当に素晴らしい。 　 「…えへへ♡ だってまりあも世界一かわいいけどぉ、みーんな世界一かわいいもん♡ それにみーんな、ほんとは自分ばっかりじゃなくて、誰かにかわい〜って思われたいものでしょ？」 　 「……、きっと、そうですよね」 　 　本当は…――そう、だな。 　僕もまた、誰にブサイクだと言われても、それでもきっと僕は、本当は誰かに褒められたいのだ。…僕だって本当は誰かに、容姿を褒められたいのだろう。 　――だから僕は、ズデジ氏をはじめとしたさまざまな人に「お前はブサイクだ、生意気に図体ばっかりデカくて、普通のオメガのような可愛げがない顔だ」と、そうして自分の容姿を貶されてもなお、せいぜいフ(・)ツ(・)メ(・)ン(・)だ(・)なんて、そのように少し良く思ってしまっているのだと思う。 　 「…………」 　 　本当は――本当に、ブサイクなのかもしれないのに。 　そうは思いながらも、それでも…思えば恥ずかしいな。 　人にブサイクだと評価されているのだから、僕はきっと、本当に醜いのだろうに。 　 「…誰かにかわいいって思われたいのはね、当たり前ことなんだよ？　でもヤマトのひとってぇ、みんな遠慮しちゃったり、自分のことをかわいいって思うのが恥ずかしいってひと、ほんとに多いんだぁ」 　 「……確かに、そうですね」 　 　自信家はこの国じゃ、出る杭は打たれる…というように、批判される。――謙遜と卑下こそ美徳。 　そうでなければ生意気だと、人は眉を顰める。 　だが…自信や誇りを持っていることと、尊大になることをイコールしてしまって、それで本当によいものなんだろうか？ 　 「…うん、でもさぁ…それってなあんにも悪いことじゃないよね？　自意識過剰とかじゃないのにさぁ…自分のこと、自分でかわい〜って思えてたほうが、みんなしあわせでしょう。――それに、誰かに見た目を褒められたいって、ふつうのことだもん♡」 　 「…………」 　 　レディさんは強いな。 　いや、彼女はこれまでに叩きのめされてきたのかもしれない。――これは、だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)手に入れた強さ、なのかもしれないのだ。 　 「…自分はぜんぜんかわいくないですって言ってる人でもね、絶対絶対、ほんとは誰かにかわい〜って言われたいと思うの。――それでよくない？　それの何がだめなのかなぁ」 　 「…………」 　 　その実、自分の容姿に自信を持つというのは、難しいことだ。 　誰かの目には酷いブサイク…――そんな僕が着飾っても豚に真珠。…たとえば格好良くなりたいです。そう言うだけで、「お前なんかが無理に決まってるだろ？」と、そう誰かにあざ笑われてしまうような気がする。 　 　所詮自分なんかこの程度だ。 　そう諦めたほうがいいような気がしている。――どちらかといえばブス、あるいは自分なんかブサイクだ、そ(・)こ(・)に属しているほうが、安全な気がするのだ。 　 　どうせあざ笑われるから。 　どうせ、そんなに良くなれるはずがないから。 　僕なんかが、おこがましいから。 　 　 　――傷付きたくないから、自分を貶めるのだ。