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レディさんは「それでえ、ふあふあちゃん?」と、すっかり僕のことをふ あ ふ あ ち ゃ ん 呼びで話を続けてゆく。
「…さっき、もぐもぐちゃんからお電話があったんだぁ。…わんわんちゃんがかわいくしてあげたいのってえ、きっと、ふあふあちゃんのことだよね?」
「…ああそうそう。ユンファさんだよ」
僕の隣でモグスさんが頷いている。
するとレディさんは、「そっか♡」と可愛らしい声でパチン、軽く両手を合わせたらしい。
「…えへへ、じゃあよろしくねっ♡ 明日ふあふあちゃんのこと、まりあたち、も〜っとかわぃくしたげるっ♡」
「……ぁ、はい…よ、よろしくお願いします…」
可愛く…って、どうなってしまうんだ僕は…?
というか、一応よろしくとは言ってしまったものの、僕は本当にその――ソンジュさんの側にいるからこそ受けられる恩恵を受けてもよいのか、いや今って、そ の 明 日 が実現するかどうかもわからない状況なんじゃないだろうか。
ただ、空気を悪くしてまでそのことを言う勇気は僕になく、そもそもそれを言う間もなく、レディさんは楽しげな声で更にこう。
「…ふあふあちゃんはぁ、すうっごくきれいなお目々してるから、お目々がも〜っとかわぃく見えるメイクとか、してみよっか?」
「…め、メイク…?」
メイク…って、例えばファンデーションを塗ったり、アイシャドウを塗ったり、眉毛を書いたり、口紅を塗ったりする…アレを、僕に?
母さんがやっているのを見たことはあるが、はっきりいって未知数だ。…正直メイクなんて、ほとんど自分じゃしたことがない――眉の形を整えたり、たまに色付きのリップクリームを塗ったり、僕に経験があるのはせいぜいそれくらいだ――。
「…そう、メイク。まりあね、ふあふあちゃんはもっともーっとかわぃくなれると思うの♡」
「そう、でしょうか……」
しかし、そもそもメイクなんてしたって所詮、僕の容姿なんてせいぜいこ ん な も ん 、というか。
そう磨けるところなんて、僕にあるのだろうか。――人によってはブサイクとも呼ばれるほどの男に、そんなのびしろなんか本当にあるのか?
まあ誰しもがブサイクと思うだろう、とまではいかなくともせいぜい、自覚するところ僕は、平々凡々とした容姿である。――よくファッションなんかを整えたり、眉を整えたり、髪型を整えたりすると、垢抜ける…とかいうが。
僕に関してはなんとなく、清潔な雰囲気が出る程度のような気がする。――素 材 が僕では、レディさんたちの手にかかってもおそらく、誰しもが認めるようなイケメンになれる…なんてことはないだろう。
「…ふあふあちゃん、自分はかわいくないもんって、思ってるでしょ? どうせメイクとかしたって、自分はぶちゃいくだもんって。」
そうズバリと指摘してきたレディさんは、少し声のトーンを落とす。
「…でもふあふあちゃんは、かわいいよ? ――ふあふあちゃんの気持ちもね、まりあはわかるけどね♡ …昔のまりあもそ〜やって、自分のこと、かわいく思えなかったもん」
「……、…」
僕は意外で、え、と顔を上げた。
もちろん僕の目の前の席、助手席に座っているレディさんの姿は、椅子の背に隠れて見えなかったが。――しかし彼女はそれこそ、まるでアイドルや何かのようにとても可愛らしい人だ。
「でもまりあは、かわいくなりたかったんだ。…ぶりっ子してんじゃねーよとかぁ、どうせお前なんか、どんだけ努力してもブスだよとか言われたけどぉ…――かわぃくなりたい自分を、諦めたくなかったの。…まりあ、かわいぃ自分でいたいんだもん♡」
「……、……」
努力。
僕はレディさんもまた、努力の人なのだと知った。
彼女はとても可愛らしい人だ。――しかしいわれてみれば、それこそ同性には“ぶりっ子”、と見做 されるような人なのかもしれない。
「…まりあねっ、ぶりっ子してるよ? 誰かのためじゃなくてぇ、自分がかわい〜から、かわいい自分のために。…自分にぶりっ子してるの♡ まりあはずーっとお姫様みたいに、かわぃくいたいから♡」
「…………」
レディさんは、かなりおっとりとした口調で、ふわふわとした印象の、可愛らしい女性だ。――それこそ格好からしても、彼女はまるで可愛いお姫様のようである。
しかし彼女からは、よほど人よりも確かで強い、芯のようなものを感じる。
そうして“可愛い”を追求するレディさんの敵は、これまでにたくさんいたのかもしれないし、今もなお、たくさんいるのかもしれない。――だが、彼女が努力して手に入れているこの“可愛さ”を貶せる人は、きっと努力していない人か、努力という血の滲むような課程を見られず、評価できない人たちなのだろう。
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