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「……うん大丈夫、あたし、今のは聞かなかったことにしてあげるわ。はは…」
苦笑しているサトコさんは、大人の対応を取ってくださった。――そしてモグスさんもまた、胸の前で腕を組み、うんうんとなぜかしみじみ頷いている。
「…まー若いのがそ う い う こ と しないなんて、そう思ってる子供は此処にいないから。…だぁいじょぶ大丈夫、あるある。あるよなぁ、若いとみーんなに恋人自慢したくなるときくらい、まあ誰にだってな。ましてや付き合いたてじゃあな? うんうん、あるある。」
「………、…」
あぁ…あぁもう本当に、…死ぬほど恥ずかしい。
涙目になっている僕は自分の膝頭を掴み、鎖骨から上を熱くしながら深く項垂れて、眉を寄せ、きゅっと固く目を瞑った。――今にも穴があったら入りたい。
「…でも、そ う い う と こ よねソンジュさん。…そうやってユンファさんのこといじめないのよ? 子供じゃないんだからさ」
「いじめてなどいません。…事実を言ったまでです」
「…でもソンジュお前、そういうのは仲直りしてからにしろや。仲良しラブラブ状態なら、惚気話くらいおじさん、いっくらでも聞いてやるからよぉ。」
「………、…」
いや、仮に仲直りという展開になったとしても、あ あ い う 類 の話をベラベラ話されても困る(僕が)。――恋人自慢なんかじゃないだろうどう考えても、…ソンジュさん、僕たちセックスしました、ということをなぜ言いたがるんだ。――どう考えてもおかしいよ、当て付けのように僕のことをいじめているとしか思えない。
そのタイミングで、レディさんが口を開く。
「…あ、そだ。ねぇた ん た ん ち ゃ ん ?」
「………、…」
ん…――た ん た ん 、ちゃん…?
はたと目を開ける僕は、――パンダ…?
ランラン…シャンシャン…カンカン…――たんたん…、…いやパンダか…?
いや、モグスさんがもぐもぐちゃん。ソンジュさんが、わんわんちゃん。――サトコさんが、おさとうちゃん。
レディさんはどうも、人にあだ名を付けて呼びたい人らしいので、となれば…――そうしてた ん た ん ち ゃ ん 、と呼ばれたのはまさか…いやおそらく、僕である。
「…たんたん…?」
思わず反問の形で繰り返した僕に、レディさんは明るく、ふわふわとした声でこう答える。
「…だってぇ、お目々がタンザナイトっていう、きれーな宝石みたいって、わんわんちゃんが言ってたからぁ――たんたんちゃん♡ どぉお?」
「…なるほど……」
タ ン ザナイトから、た ん た ん ちゃん、だったのか。
いやだが、どこか間抜けというかなんというか、た ん た ん はどうもパンダの名前みたいである。
「…あーでもぉ…ふ あ ふ あ ち ゃ ん のがいいかなぁ? ふあふあちゃんのがかわいーかなぁ?」
「………、…」
今度はふあふあちゃん――ユンフ ァ のファ、からだろうか。
僕へのあだ名を決めあぐねているらしいレディさん、しかし誰も彼女のそれを止める気配はない。…サトコさんは「全くもう…」とどこか仕方なさそうに笑っているようだが(本当にレディさんのお姉ちゃんみたいである)、モグスさんはふざけて「え〜、ちょーかわい〜っ」と女子高生の真似をしているだけだ(おじさんが女子高生の真似…)。
そして、ソンジュさんはというと。
「…ふあふあちゃんがいいね、可愛らしくて。たまに俺もそう呼ぼうかな」
「…………」
なんて、案外ノリノリである。
貴方だけは止めてくれるかと思っていました…――するとレディさんは、ソンジュさんのそれに背中を押されたか。
「うん♡ じゃーあ、ふあふあちゃんで♡」
「……は、はい……」
いっそもう好きに呼んでくれ…――思えばソンジュさんがわんわんちゃん、モグスさんがもぐもぐちゃん、サトコさんだけやや趣向が違っておさとうちゃんではあるが、…なんにしたってレディさんは、それらに近いあだ名を僕に付けるまで、延々とこの会話を続けることだろう。
ならばもう僕は諦めるほかにないと、その“ふあふあちゃん”で承諾した――。
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