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            「…………」   「…………」    どこかシリアスなムードが車内に漂った――ものの、…その重苦しいムードはモグスさんが、すぐに晴らした。   「……そもそもなあ、ユンファさんばーっかり謝ってっけど、なあソンジュ、お前がユンファさんに意地悪でもしたんじゃないのか? それでお前に嫌気差したのかもよお〜? ひっひっひ……」    わざとらしく悪役のような笑い声をもらすモグスさんに、僕の足下でソンジュさんは何も言わず、ただはぁ…と重苦しいため息をついたが、僕はまさかと目を(みは)った。   「…え、い、いいえ、決してそうじゃない、…まさか、ソンジュさんはずっと優しくて、彼は本当に僕のことを、凄く大切にしてくださっていま…」    そうなかば慌てて首を横に振った僕だが、それを遮るニヤついたモグスさんの。   「あれぇサトコ、…秋だってのにヒーターガンガンか?」    モグスさんのそれに僕は、かあっと僕の両耳が熱くなり、口をつぐんでうつむく。   「……、…」    そんな、つもりでは…――惚気(のろけ)たかのようになってしまったんだろうか。…ただソンジュさんは何も悪くないと、本当のことを言おうとしただけだったんだが…それこそ怖くなるくらい、僕なんかのことを、まるで宝物か何かのように扱ってくださっていたソンジュさんには、今回の件での非はまるでない。  モグスさんの茶化すようなそれに、どこかうんざりしたようなサトコさんが「おじさんが勝手に火照(ほて)ってるだけでしょ」と冷ややかにモグスさんへ返した。  …ものの彼女、次にはあははっと明るい笑い声を上げた。   「…まあでも、とはいったって確かにソンジュさん、素でドSみたいなところあるもんね? 多分アレよぉ、好きな子をいじめて気を引きたい、小学生男児みたいな? ユンファさんがあんまり可愛いからって、ちょっといじめちゃったんじゃないの?」    笑ってサトコさんまでそう茶化す――「そうそう」とモグスさんもノり、サトコさんの隣、レディさんも軽い調子で。   「…かわい〜ね〜♡♡」   「…あは、レディはなんでも可愛く見えるんだから。あのソンジュさんでも可愛く見えるって、普通に凄いわ。」   「…それ褒められてないの、まりあわかってるもんっ」    むすくれたようなのは、その声でもわかる。――ただ、仲が良いからこその、冗談めいたやり取りには違いない。   「……ふふ…」    なんとなく…なんだが。  ――顔が似ているというわけではないのに――レディさんとサトコさんが、仲の良い姉妹のように見えて、微笑ましくなる。…いや、少なくとも彼女たちは、本当に仲良しなのだろう。  彼女たちの様子に羞恥心がまぎれて笑みをこぼした僕だったが、隣でモグスさんが、どうしても僕たちのことをからかいたいらしく。   「…まあーソンジュが可愛く見えてんのは、ユンファさんもなんじゃなぁい…?」    と、出し抜けに、ニヤリと僕を横目に見て。  僕はまたカアっとした熱いものを、頬に感じた。  しかも――サトコさんまでニヤニヤとした声で、おそらくは彼女、()()()()いながら。   「…えー? なになに、どういうことかしら? お姉さんに詳しく聞かせてくださらない、ユンファさん?」   「……、…、…」    僕は頭が真っ白になった。まさか、言えと…?  僕が、ソンジュさんのことを好きだから――可愛い、と思う瞬間があると、言えというのか。  いや無理だ、羞恥心で震えてしまうくらいだ。  それに、それもあるが何より、今は申し訳なさがあるので、そう気軽にそんな浮ついたこと、言えるはずがない。すなわち今の僕に、そんなことを言う権利はない。    そもそも、今夜にも()()()()をするかもしれない僕たちだ。――言っては悲しくなってしまいそうだ、と、僕は黙り込む。   「…やっぱり二人って、()()()()()()なのかしら〜?」   「いやぁサトコ、ここだけの話だけど、…つまり()()()()()()。」   「…あはは、まあ知ってたけど。――じゃー、そりゃあ可愛いよねぇ? ねえユンファさん?」   「…………」    僕は、自分の足下に伏せをしていながらも顔で振り向き、パタパタ尻尾を振りながら僕のことを――どこか期待したような、キラキラした――淡い水色の目で見上げてくるソンジュさんを、つい見下ろし。  ふいと伏せ気味なままで横へ、視線をズラした。   「…ソンジュさんが()()()()()んだぁ、ユンファさんは?」    と、サトコさんが急かすようにまた僕に振ってくるが、…僕はうんともすんとも答えなかった。――すると…。   「…………」   「…………」   「…………」   「…………」   「……、…」    圧が、…凄い。  誰一人として何も言わない。――まるで図り合わせたかのように全員が口を閉ざし、シーンとしてしまったこの車内に、嫌な圧迫感を覚えている僕。――誰も喋らず、ただひたすら僕の言葉を、この車内の全員が待っている。  さすがにこれは気まずい…――黙秘というのが許される雰囲気ではない…――僕は、ソンジュさんを見ないように目を瞑った。   「……あぁ、はい…可愛いと思いますよ、僕も正直――彼、()()()()()()()()で……」    僕は更に小さな声で付け加えた、「今は尚の事…」と。  もちろんこれも僕の本音だ。なかばは本音――だから、正直嘘をついたわけではないが、…本当はソンジュさんに対して、()()()()()()()()()()()()()()()()、という感情がある。――しかし、さすがに人前でそれを肯定するなどということは…とてもじゃないが、臆病者でシャイな僕にはできないのだ。  すると――ここまで黙り込んでいたソンジュさんがにわかに、みんなに聞こえるような声量で、はっきりと。   「…フンッ…婚約済みの、俺の彼氏ですからね、ユンファさんは。…」   「…あの、ソンジュさん…ですが、…」    彼氏…つまりソンジュさんの恋人、という言い方で僕を言ってしまうのは、今後のこともあれば、ソンジュさんがご自分の首を絞めかねないと、僕は訂正したかった。    が…――僕のその訂正を、はっきりと遮る彼。   「…ですので、その実さっきユンファさんは、その()()()()()()()()に、しこたま()()()()をあげさせられて……」   「はっ? だっそ、ソンジュさん、! な、何言ってるんですか、…」    僕は全身の血管が破裂したんじゃないか、とさえ思うほど、めちゃくちゃな脈動と熱を全身に感じた。         

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