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「なあー全く、こんっな些細なことにやきもちなんか妬いちゃってさ…本気と書いて本気 のベタ惚れじゃないの、ソンジュくん。」
「…………」
モグスさんはニヤニヤしながら、上のほう――二メートルを越えたソンジュさんの顔――を見上げている。
「…いけないのですか…? ユンファさんに、本気と書いて本気 のベタ惚れで…? しょうもない。些細なことにさえ嫉妬して…――何が、悪いんだ…」
低く、やけにゆっくりとそう僕の側でいうソンジュさんの、その威圧感にうなじどころか背中までビリビリくる。――いま僕はソンジュさんに横顔を、体の側面を向けている格好なんだが…今は彼の二メートル越えの大きさもあってか、それでもちょっとゾクゾクするほどの威圧感だ。
しかしモグスさんは、そうして激しく怒っているようなソンジュさんにもあまり億した様子はなく、彼にひょいっと肩を竦めて見せている。
「…いや、なぁんも悪かないさ。でもソンジュ…――はっきりいって俺ぁ、今度みたいなお前は初めて見たもんだからよ」
「…ふっ…そりゃあそうですよ、モグスさん。――俺 の 初 恋 相 手 にして…俺 が 唯 一 恋 を し た 相 手 が、ユ ン フ ァ さ ん な の で す から。…そりゃあ無 駄 な 嫉 妬 くらいするよ、こんなに美しい人ではね…、はっきりいって俺、彼が来てからずっとひやひやしている……」
「……、…?」
え、と僕は、ソンジュさんのほうへ顔を向けた。
ソンジュさんはそう言うわり、どこかまだ怒った顔をして、ギロリと鋭くなった眼光をモグスさんへと向けている――僕のことは見ていない、というか、なぜかモグスさんに敵意を向けているようですらある――狼の顔、ふかふかの金色、毛だらけの顔だが、やはり狼型のときよりも人らしい表情が読み取れる。
「あっそ。んぁーそんなことぉ、よく恥ずかしげもなく言えるなお前…」
「…何が恥ずかしいというの? ただの事実を口にしただけでしょう。…俺は、そんなことを恥じるような腑抜けではないよ」
「…、……?」
僕は、ぼんやり…会話しているモグスさんとソンジュさんを眺めながら、首を傾げた。
しかし彼はまだ…いやそれ以前に――本当にソンジュさんは、妬いている(た)、のだろうか…?
僕の体にモグスさんが触れることが、そんなに嫌なのか。…しかし、それはなぜだろう。たかだか膝や足の裏だ。いや――これがいわゆる、独占欲、というやつなんだろうか?
とは、思うものの…まさか、モグスさんが下心をもって僕の体に触れるなど、まずあり得ないことだ。…まあ、仮に――仮に、でも胸は痛むが――仮に、だ。
仮にモグスさんが、本当に僕へそういった下心をもってして触れたがっていた、としても――今ユリメさん…つまり、自分の奥さんが(おそらくは)家にいる状態で、そんな真似をするだろうか?
いや、まさかするはずがない。
だろうし…しかも、何より先ほどのあれは、明らかにモグスさんの、ただの冗談だっただろう。――物凄くわかりやすい、おちゃらけた態度であったはずだ。
目が良く、耳も良く、人の心を見透かすような能力のあるソンジュさんが、モグスさんの本気か冗談かを見抜けないはずがない。――それこそ、それは僕なんかより、長年モグスさんと一緒にいるソンジュさんのほうが、よっぽどよくわかっていそうなものなのだが…なぜそれでソンジュさんは、嫉妬なんかしたのだろうか。
いわば彼、本当に嫉妬心をいだいていた場合は、無 に 嫉 妬 し た ようなものではないか?
ましてや別に、際どいところに薬を塗ってもらう、なんて話でもないのにだ。――よくわからないな…これも、僕に恋愛経験が無いせいなんだろうか。
「……?」
いやそれ以前に、やはり僕がソンジュさんの初恋相手…それも、唯一恋をした相手が、僕…――?
「……あーじゃあ大事にしないとな。わかってんのかいソンジュ、なあ。監 禁 は 、愛 の 形 じ ゃ あ り ま せ ん 、からね? っとに、冗談に聞こえねえってんだよ、なあ間違ってもお前、そんっな……」
「そうでしょうか。…あるいは一つの…ス ト ッ ク ホ ル ム 症 候 群 、というものをご存知ですか?」
「……、…?」
で、…なんの話をしているんだ、彼らは(話している顔は眺めていたのだが、考え事に集中していて、会話の内容を聞いていなかった)。
監禁は愛の形じゃない。ストックホルム症候群…――被害者が犯罪者(加害者)のことを愛してしまう、という心理現象――、…いや、なんだか穏やかじゃないな、とその単語にはさすがに引き戻された僕だ。
あるいは何かしらの事件の話で、談義が盛り上がったんだろうか。
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