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             いや、ニブチン…か。     「…すみません、馬鹿で……」    恥ずかしいことである。――何してもとどのつまりが、僕が馬鹿だということだろう。  考えが足りないというか、ソンジュさんの本当のお気持ちに思い至れないほど、思慮が足りないというべきか。…もう少し察しがよくなれたらいいんだが、何分一番、知識も経験もないジャンルなのだ――恋愛。  僕が申し訳なくなり謝ると、モグスさんは「いやいや、」と焦ったように否定し。   「…馬鹿じゃないんだよな、馬鹿ってことじゃなくてよ、…あー…――なんだ、天然…?」   「……、それはつまり、馬鹿ということでは…」    …ないかと思う。――要するに()()というのは、何かと抜けている馬鹿を、かなりマイルドにした表現ともいえるだろう。  ただ、単なる馬鹿――悪口の方面――ではなく、抜けた感じの人を親しげに、愛らしいね、というニュアンスを込めて呼ぶのが、天然というものだと思うのだ。  ちなみに、うちの母さんはよく「天然だね」と言われるタチの人だったが、彼女はみんながくすっと笑い、場がなごむような程度抜けているところがある人なので、そうして親しみの込められた「愛されるべき可愛いおバカさん(天然だね)」で済んでいる(ちなみに本人も満更でもなさそうだった)。    しかし僕は、その「愛されるべき可愛いおバカさん」というよりか、誰かにご迷惑をおかけしてしまう、本物の馬鹿である。…まして、可愛いね、というのは少し…自分にはそのような()()()()()があるとは思えない(ため、年上のモグスさんはともかく、同年代のソンジュさんにそう言われるとやや馬鹿にされているような感じもする)。    何より僕はそう、自分でも自分のことを馬鹿な奴だと認識しているのだ。――優しいモグスさんは僕のことを、「馬鹿だ」とはっきりいうのは(はばか)られるのかもしれないが、逆に僕はそれでいい。いや、むしろそのほうがいいと思う。  というのも、自分は馬鹿なんだと認識しておくことによって僕は、なら少しでもその馬鹿から脱却しよう、という気になれるからだ。失敗は成功の元、というやつである。    モグスさんは何かあせあせと、手をひらひら横に振っている。   「…いや違うんだってユンファさん、世の中の()()って言葉にはよ、もっとこう…馬鹿じゃなくて、あー愛らしいなぁっていう意味が入ってんだ、…な? 決して馬鹿とか悪口じゃなくて、可愛いなってことよ、…」   「…天然の意味はわかっているつもりなんですが、…いえ、もちろんモグスさんのお気持ちは有り難いです、まさか悪口を言われたとは思っていません。…ただ、僕は向上心を持った上で天然ではなく、あえて自分がその、馬鹿だと認識す…」    …ることによって、少しでも賢くならなければと、努力しようと思っているんです。――言いたかった僕の言葉は、焦った顔のモグスさんのこれに遮られる。   「違うって、なんでそうなっちゃうの? そんな真面目に受け入れちゃ駄目だって、もうな、わかってるかい? ()()()()()()()()()なんだよ…?」    どこか泣きそうなようにも見えるほど、モグスさんが慌てている。   「……、それは…そうなんですか…? すみません…」    この返しがもう、天然とは。  さすがにそれは予想外のことだ、と僕は目を瞠る。――ただ、モグスさんを困らせていることは自覚しているため、僕はとりあえず何度か彼へ頷いた。   「…ごめんなさい、じゃあ、天然ということで。すみません本当に、困らせてしまって……」   「……おお、…、…」    しかし…それにさえ困り顔で、チラチラとソンジュさんへ助けを求める目線を向けるモグスさんに、…いよいよこの件の正解がわからなくなる僕だ。――それもソンジュさんは、ふっ…と困り果てているモグスさんを鼻で笑うだけであった。  結局(僕から、だろうか…?)助けてもらえなかったモグスさんは、困り笑顔をくしゃりと浮かべ、こう早口にまくし立ててくる。   「…おーユンファさん、いや…なんだろうなアンタ、その返答もどっかちょっと、抜けてるっつーか…あぁいや可愛いよ。うん、はは、いやぁ育ちが良いんでしょうなぁ〜ユンファさんは、ひしひしと伝わってくるもんがあるよ? ほ、ほらこう…礼儀正しくて真面目で? お上品な、こう…箱入り息子の可愛いお坊ちゃん、みたいな、…そういう…感じが…?」   「……はい、ごめんなさい。実はその通りで、僕は世間知らずなんですよ…――あの、ただ…もう、いつまでもそんなことを言っていられる年齢でもないので、…今後のために一つ、聞いてもいいでしょうか…?」    僕はもうお手上げだ。  何を言ってもモグスさんを困らせてしまうのだ。――そう、事実僕は箱入り息子のお坊ちゃんなのだと自覚しているし、両親や親戚にたっぷり愛されて育ったせいか、世間知らずのままこの年になってしまった。  なら、自分の頭で考えて答えるよりは、きちんと人に聞いておくべきだ。   「…あ、おぉ…なんだい…?」   「今回の件の、()()()()()はなんでしょう…?」   「……、助けてくれーソンジュぅ……」    ソンジュさんを見るモグスさんは、少し泣きそうな顔してお手上げだ、と、両手のひらを顔のやや下辺りにかざした。         

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