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                    「ふっふふ…あぁ楽しかった。ねえモグスさん、なかなか楽しいお時間でしたでしょう。」   「…はー、そんなゲスい性格に育てた覚えはねえぞ俺ゃ、おいソンジュ、…人が困ってんのを見て楽しんでんじゃねえぞお前は……」    冷や汗をかいたのか、パタパタと自分の顔を手で扇ぐモグスさんに、ソンジュさんは軽やかな声で「ええ」と笑いながら。――いや、そこまで僕が追い詰めてしまったとは、…本当に申し訳ない。   「…正直モグスさんも、ユンファさんの()()に困ればいいのにと思いましてね。ふふふ、ほら、一人で()()を抱え込むのは、よいことじゃありませんでしょう…?」   「…………」    しれっと問題、…扱いされているじゃないか――いや、またご迷惑をおかけしてしまったのだからそうか、問題か…。それは理解しているのだが、なんとなく落ち込む僕だ。   「…ふっ…さあ――大丈夫ですよユンファさん。…貴方の返答は()()()()()でした、間違いなど一つもありませんでしたから、どうぞご安心ください」    ソンジュさんは、そのようにどこか愉快そうな笑いを含ませて言いながら、僕の片腕を掴んで引き寄せ、ふわ…と僕のことを、後ろから抱き締めてきた。  しかし僕はいまだ、顔色を悪くしているモグスさんが心配である。   「…そ、それにしてはかなり困らせてしまった…、すみませんでした、モグスさん……」   「いいえぇそんな、はは…ま、まあまあまあまあ、とにかくよぉユンファさん、…」    モグスさんは苦笑いだったが…僕の目をその柔和な鳶色の瞳で見るなり、ピッと片手の人差し指を立て、にっこり。   「…とにかく、ソンジュは何があったってユンファさんとは、別れたいとは思わないだろうよ。――だって貴方にベタ惚れなんだから、コイツは。」   「……、ですが、万が一ということもあ…」   「無い。無い無い無い。はっきりいって、()()()()()()()()()()よ。こうなってるソンジュが、ユンファさんを手放すわけないもん。――なあユンファさん、()()()()()のオムツまで換えてた俺がこう断言してんだからよ、…ソンジュが信じられなかったとしても、とりあえず、モグスおじさんのことだけは信じてくれよん。」    そう笑顔ながらも強く断じたモグスさんは、更に、頼りがいのあるようなカラッとした笑みを傾け。   「…ンな? だから俺、お嬢たちにも連絡なんかしないからね? まあ〜もし万が一があったとしてもよ、その辺は俺がなんとかしといてやっから。――あと…とりあえずよ、ユンファさんは、()()()()()()()()くれや。」   「…は、はい…何を、でしょうか」    僕は、後ろからソンジュさんにふんわり包み込まれているが、真剣に、モグスさんのその(ほが)らかな笑みを見据えている。 「…ユンファさんは、自分が思ってるより愛されてるんだよ。ソンジュに至ってはもう、はっきりいって()()()()()()だ。――前にも“恋人契約”だなんだっつってよ、取っ替え引っ替え女の子が家に来ても、ソンジュは常に目を瞑ってたんだ。いやほんとだよ? でも、ソンジュはユンファさんのことをずっと、まばたきも惜しいってくらいよく見てる。で、そうやって見ちゃあ、あー綺麗だ美しいだ、可愛いだ格好良いだって、ぽーーっとして……」   「…………」    僕の後ろでソンジュさんが、気まずそうに「ンッんん」と咳払いをしている。――しかしモグスさんは、ははは、と楽しげに笑い声をあげては、そういった笑みで僕の目を見てくると、ふっと目線を下げ。  ひょいっと顎をしゃくり、僕の片手に握られた傷薬のチューブを指し示す。   「…その傷薬だってそうよ。女の子が料理中に手を切ったときだって、俺が手当てしてやったんだから。…もっと言っちまおうか? つまりだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ、その子に。――ところがどうだい? 俺が、手当てしてやろうかぁなんて冗談言っただけでコイツぁ、ブチ切れだ。」    くすり、と肩を小さく一度揺らして、鼻で笑ったモグスさんは、また僕の目をどこか微笑ましげに見てくる。   「…それもよ、俺に下心が有る無いなんて、ソンジュにはなぁんにも関係ねえんだ。…ユンファさんの体に、自分以外の誰かが触るってのが、ただ嫌で嫌でたまんないってだけなんだから。――プ、ラ、ス。ソンジュがわざわざ自分で手当てしたいってのは、どうせ少しでもユンファさんに触りたいからってところだろ。ははは…なあ、かわいー男だろぉ?」   「……、…、…」    そ…そういうこと、だったのか。  ソンジュさんの嫉妬――いや、そういうことだったのだろうか? 一応疑問形に収めてはおくものの、僕は頬がじわりと熱くなるのを感じた。  僕は「そうなんですか…?」と気持ち、ソンジュさんのほうを見上げようとしたが、後ろから抱き締められ彼と背中が密着しているため、ただその人の、そのふかふかの胸板に後ろ頭を擦り付けたようになってしまった。――しかしソンジュさんは何も言わず、その代わり肯定するよう、僕をぎゅう、としてきた。  モグスさんはなかば微笑ましげ、そしてもうなかばは呆れたような笑みを浮かべて、くいとその顔を傾ける。   「…てかよ、言っちゃ悪いけどちょーっと過保護すぎるんじゃなあい、ソンジュくん? なー、血も出てない膝やら足の裏やらによぉ…」   「…グゥゥ……」    その過保護すぎる、が心外だったらしいソンジュさんは、不機嫌そうに喉を低く鳴らす。――が、やはりモグスさんは何も恐れた様子なく、へらへらと笑って。   「…な〜んだよ? そうだろ。…包丁で指切るほうがまぁだ怪我らしい怪我だろ。だってのにお前、彼女たちの怪我に、傷跡が残っちゃうかも〜なんて心配してやったか?」   「…ふん…逆に、なぜそこまで心配しなければならないの。彼女たちは、()()()()()()()()()だった。――お互いに恋人同士の演技をしましょう。そういった契約を結んで、そのうち勝手に向こうが俺に惚れただけのことなのですから。…根本的に、()()()()()()()()()()()()()()()んですよ……」   「……、…」    それは、…どういうことだ。  やはりソンジュさんの思惑がわからない。――僕も(一応、かもしれないが)、その“恋人契約”を書面上で交わした仲、契約関係の恋人だと思うんだが。         

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