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「…そ、ソンジュさん、そういう悪い冗談はやめてください、…僕が今嫌だと言わなかったら、どうするつもりだったんですか、?」
僕はそのままソンジュさんから離れるように、数歩大股で歩いた。…しかし彼に背中を向けている――うなじを晒している――のは嫌で、体を返して振り返り、俯く。
「…はい…? いえ、決して冗談なんかじゃ……」
「はっきりいって、軽率です。」
きっと、僕は今オメガ排卵期がきていて、思考が楽観的になりすぎているのだ。――つがいになるかどうかなんて、一時的な感情で決めていいことじゃない。
計画性が必要だ。僕とソンジュさんは一応恋人同士だが、それも結局は書面を交わした“恋人契約”の格好である。――なんとなしお互いに本気で惚れている、というのはないわけじゃない気もするが、…だとしてもだ。
つがいになるかどうか、というのはそれこそ、結婚をしてから。…いや更にいって、結婚をしたあと――双方が時間をかけ、理性的な状態でよく話し合い、そしてお互いに納得をした上で決めなければならないことだ。
それこそ結婚をした時点でも、だからとつがいになるなんて、本当に愚かなことである。――結婚はゴールじゃない。ス タ ー ト ラ イ ン なのだ。
そして僕とソンジュさんはそもそも、結婚をするかどうか、というのすら決まっていない。大体僕らは今、普 通 の 形 での恋人同士ですらないのだ。――なら現段階で、そんな重要な決断をすること自体が間違っている。
「…冗談になりません、つがいなんて……」
「…冗談ですって? だから違うと、…」
「悪い冗談でしょう。許されるはずがない……」
悪い、冗談だ。
九条ヲク家に生まれた――それも、次期当主となるのだろうソンジュさんは、元…とはいえ、性奴隷であった僕をつがいに。…生涯の伴侶なんかにしていいわけがない。
許されるはずがない。
現時点でさえ僕たちは、別れざるを得ない状況に追い込まれる可能性のほうが高い。しかしつがいになんてなってしまったら、別れるの自体簡単ではなくなってしまう。
それでもソンジュさんはアルファであるから――気軽な方法ではないにしろ――つがい解除の選択ができる。
だから気軽にそうも言えるのだろう。だが、オメガの僕にとってつがいになるというのは、一生に一度きりのことなのだ。
僕のためにも、そしてソンジュさんのためにも、つがいになるかどうか、ということは決して、今のひと時の感情なんかで決めていいものじゃない。
なってもいいか も 、では絶対に駄目だ。――よく考えてから決めなければならないことだ。
好きだからとか、愛してるからとか、そんな浮ついた感情を基準に据えて決めていいことじゃない。
「心外だな…冗談なんかじゃありません。それこそつがいなんて、軽率な冗談で言うわけないでしょう。――俺はよく考えた上で、ユンファさんにこそ、俺のつがいになってほしいと……」
「性奴隷……」
僕は俯いたまま――言いたくは、なかったが。
「……は…?」
「…性奴隷なんですよ、…僕……」
どうして――どうして、九条ヲク家に生まれたソンジュさんと、性奴隷の僕が、つがいになんかなれるのか。
なれるはずがないのだ。――許されない。
あり得ない。――結婚すらも、あり得ない。
「考えたらわかるはずです…――あまりにも軽率な選択だと」
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