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「…すみません…正直、今はカ マ を か け た だ け なのです。――これで俺は、ユンファさんのことを無理やりつがいにしよう、などとは思っていません。…」
そう僕を後ろから抱き締めながらソンジュさんは、僕の頭を大きな手で包み込むようになで、なでとしてくる。
「………、…」
というか、もしかして…まさか、僕のオメガ排卵期が予定より早く来たのは…――いや、確かにソンジュさんは、とても素敵な人だ。
アルファというだけあって容姿端麗、立ち振る舞いはスマート、その上紳士的で優しく、まあ勝手なところもなくはないが――しゅんと叱られたような犬の顔をされると、憎めない。…可哀想な少年、あるいは無邪気な少年のようなときもあり、どこか庇護欲を掻き立てられる人でもある。
正直…泣きたくなるくらい、好きだ。
それで、だ。…そ の せ い でもしや、僕の体はその実、ソ ン ジ ュ さ ん を 求 め て し ま っ て ――アルファであるソンジュさんのつがいになりたくて――オメガ排卵期が、早めに来てしまった…のだろうか。
実はこのオメガ排卵期というもの、しばしばそういうことが起こるらしいと聞いている。
というのも恋心は、ある意味で生殖本能を擽られる気持ちでもあるからか、そのオメガ排卵期を起こすためのホルモンの分泌が活発になるそうで…――もちろん、卵巣で卵子を作ってからじゃなきゃ来ないものでもあるので、予定日が近い上でそういう気持ちになると、なんだろうが。
つまりオメガ排卵期は――恋心が疼くと、早まってしまうこともある、らしいのだ。
いや、というか…――もしやそれは、ソ ン ジ ュ さ ん も …だったり…?
「………、…」
このタイミングで“狼化”したソンジュさん――僕のオメガ排卵期と同時のタイミング。…いや、考えすぎだろうか。
「…ユンファさん?」
「…ぅあ、あ、はい、なんでしょうか…」
後ろから僕を抱き締めたままのソンジュさん、彼に声を掛けられハッと我に返った僕は、ビクンッと体を跳ねさせた。
「…考え事でも?」
「ええ、ちょっといろいろ……」
「…そうですか。ところで」
後ろから僕を抱き締め、気持ち僕に顔を向けているソンジュさんは、僕のこめかみ辺りに吐息をかけながら、艶っぽい低い声でこう囁いてくる。
「…ユンファさん…もし俺のつがいになってくださいと頼まれたら、どう思われますか…?」
「……ぁ…、つ、つがい…?」
僕はなんとなし見下ろしている、黒い玄関マットがぐらりと揺らぐのを見た。
僕の瞳が、動揺して揺らいだのだ。
「ええ。どうやら俺も、ユンファさんのフェロモンを嗅いでいたせいか、予定より早くに“狼化”してしまったようなのです。…まあ、貴方に逃げられた際の、感情の爆発も無関係とはいえないでしょうけれど……」
「…ご、ごめんなさい…」
僕が謝るとソンジュさんは「いえ、今は責めているわけではなくてね」と付け加え。
「…しかし、このタ イ ミ ン グ の 一 致 は何か、やはり運命的なものかと――そこで、ユンファさんのお気持ち次第では…、その…正直、ユンファさんの素直なお気持ちとしてはどうでしょうか……」
「……、ど、どう…どうって…、……」
すると、僕の頭の中は甘くしびれ始め、ふっ…と。
「…、……――。」
ソンジュさんに、なら…――つがいにされても…、
ていうか…むしろ…なりたい…――ソンジュさんのつがいに…――ソンジュさんだからこそ…――ソンジュさんのつがいに…なりたい…。
「……、…、…っ!」
かも…――と。
思って…――ハッとした。
そしていや、と僕は身をよじり、ソンジュさんの腕の中から抜け出した。
「い、嫌です…なりたくない、……」
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