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「……ごめんなさい、…ごめんなさい、ごめんなさい、僕なんかが…っ貴方の子を産みたいなんて、おこがましいことを思って、本当にごめんなさい…っ」
なのにもう…こんなに愛しくなってる。
自分のお腹が、こんなにも愛おしくなってる…――。
「…お許し、ください、…性奴隷の僕なんかが、おこがましいけど、――お許しください…っソンジュさんが、僕のことを愛してくださって、…授けてくれた子だけは、どうしても僕、産みたいんです、……」
許してほしい。
ソンジュさんの子を孕んでしまった、哀れな性奴隷のオメガ。――そんな醜い性奴隷が見た、幸せな夢。
薄汚い淫魔が、夢を見た。
神様に愛される、夢を見た――きっと、それだけのことだった。
「この子だけで構わない、僕なんかのことはどうぞ捨ててください、…でも、――この子だけは、僕に下さい…っ」
――夢が叶う、夢を見た。
ずっと願って、祈っているから――この世にどうか、生まれてきてほしい…神様の子――僕に新たな、幸せな夢を、見させてほしい。
世界で一番よく笑う子に。――世界で一番、可愛い子。
たくさん愛してあげるから、どうかこ こ においで。
「……、ユンファさん…――なんて、…いや…まずは、ごめんね……」
優しい声…ふわり…後ろから僕のことを包み込んだ、ソンジュさんの大きな体。――は…と吐息がもれ、くらくらと滲んだ僕の瞳がゆらいで、いまだ胸に引っかかっている嗚咽は跳ねているが、その実、それだけで少し大人しくなる。
今はなぜか、少しもソンジュさんが怖くない――。
「…ごめんね…――俺があのときにちゃんと、貴方に説明をしなかったからだ…。そう、だったのか……」
「…っあ……」
ソンジュさんはソファに座ったまま、にわかにふわっと、僕の体を横抱きにしてきた。
そして横向きに、僕のことを抱き締め――ふかふかの胸元に、僕の頭を優しく抱く。
「…俺の話も、聞いてくれますか…?」
「……、……」
僕はソンジュさんの、そのふわふわのあたたかい胸板に片頬を預け、優しく頭を撫でられながらも、頷いた。
「…まずはありがとう…そして、貴方が思っているよりもずっと、俺はユンファさんのことを愛しています…。ですからどうか、そ の 子 だ け は なんて思わないでほしい。…烏滸 がましいなんてことはありません。」
優しくも断言の強さを感じる言葉が、ソンジュさんの胸越しに聞こえてくる。――どく、どく、と強く脈打つ生命の音に紛れて聞こえてくる、彼の優しく深い声は。
「…またその実、俺が先ほど避妊薬と言ったのは、まさか…貴方に俺の子を妊娠してほしくないから、産んでほしくないから…ではありません。――むしろ……」
「……、…、…」
ソンジュさんの腕に抱かれ、頭を撫でられると、僕の嗚咽は落ち着いてきた。――甘い匂いの大きな胸板、ふわふわの毛…濡れたまぶたが熱くも重たい。
まるで途端に、甘い魔法にかけられたように――穏やかに眠りにつくよう、僕は目をつむった。
僕の頬にあたる、ソンジュさんのあたたかくてふわふわの胸、そこから聞こえる鼓動が、高鳴っている。
「…叶うなら俺もいつか…ユンファさんには、俺の子を妊娠して、産んでほしいのです…――しかし、ユンファさん…それはきっと、今 で は な い …、俺はそう、考えていた……」
穏やかなときのソンジュさんの声は、低くもやはり、どこか神聖な響きがある。
人の罪を受け留め、浄化し、癒やす…――神父…いや、やっぱり神様のような声である。
「…正直、ユンファさんがオメガ排卵期を迎えていたこと…俺は貴方のフェロモンの匂いで、もしか貴方よりも先に、気が付いていました。――ですが…ならば尚の事ユンファさんは、避妊薬を飲むべきなのではないか…と…」
優しい声で僕に囁くようなソンジュさんは、んん…と小さく鼻を鳴らし、僕のことを愛おしそうに抱き締めてくる。
「…ごめんなさい…。俺はきちんと説明をし、そして相談の上で、そう言えばよかった…、…しかし、俺がなぜそう言ったのか、どうか聞いてください……」
「……、…」
ソンジュさんの弱々しい声に、トク、と胸が高鳴る。
僕はさりげなく、そのふかふかの胸板に片手を添えて、…ふんわりと毛を優しく掴んだ。――長い毛の中に沈んだ僕の指先が、あたたかい。
「…貴方は、此処に来る前に、ケグリに犯されいる…――ナカに、あの男の精液を出されていたでしょう…? するとあるいは、俺 の 子 で は な く ……」
「……、…ぁ……」
馬鹿だ、僕は…本当に――そう、だった。
僕は今日、ソンジュさんの元に突然来た。
つまり僕は、この家に来る前…――ケグリ氏に犯され、ナカに射精されていたのだ。
それこそソンジュさんは、僕のナカからケグリ氏の精液を掻き出してはくれたが、しかし、当然ながらそんな程度で、避妊になるはずはない。…たとえ膣や子宮門には残っていなかったとしても、子宮へと泳いでいったその人の精子はいまだ、僕の体のナカに残っている可能性がある…――。
僕は自覚しているより、恋に溺れていたらしい。
溺れまい溺れまいと必死に藻掻き、足掻いて、抵抗していたつもりだったが、…今朝のことさえ忘れてしまうほどに、結局僕は、ソンジュさんのことで頭がいっぱいになっていたようだ。
「…ごめん、なさい……今、言われてやっと……」
そう。…そうなったら、今の僕では――ケグリ氏か、ソンジュさんか――どちらの子を妊娠するか、わからない状況なのである。…そんなことすら僕は考えられなかったのかと、自分が恥ずかしくてたまらない。
「…いや、嬉しい話が…それで運良く俺の子を妊娠できたなら、それはそれでよかったのかもしれない…――でも逆に、それでケグリの子を妊娠したとなったら…ユンファさんはきっと、壊れてしまう…。…だから俺は、貴方にまず、避妊薬をお渡ししたかった……」
「……ごめんなさい、本当に……」
僕はまたソンジュさんの僕への想いを、悲観的な、穿った目で見て、勝手に勘違いをしてしまった。…いや、勘違いというよりは思い込みだ、勝手な思い込みである。
それで、みっともなく感情的になって…――気持ちばかりが先走って…――そうして理性を失い、衝動的に逃げてしまった自分が、本当に恥ずかしい。
「…いえ、俺も悪いんです。むしろ俺が悪いんだ。あとで説明しようとなんて、するべきじゃなかった…。ユンファさんのご不安を察していながら、貴方のお気持ちも考えずに…――本当に、申し訳ありませんでした」
「……いいえ、ソンジュさんは何も悪くありません…」
そう優しい声で謝ってくださったソンジュさんに、僕は首を横に振った。――本当に貴方は、何も悪くないじゃないか。
思慮深く、僕のことを考えてくださっていたからこそソンジュさんは、あのとき――避妊薬をお渡ししますね、と言ってくださったのだ。
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