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              「そう…、なるほど」    ソンジュさんはというと、このことを否定も肯定もせずそう一言言って、「お砂糖とミルクはどういたしますか」と一転関係ないことを、優しく僕に尋ねてきた。  しかし僕はなんともいえず、特段紅茶に対する好みも欲もないために、それには黙り込んでしまった。   「…………」   「……とりあえず、甘くしましょうか…? 甘味は、気持ちを落ち着ける効果があります…」   「……はい…」    正直どちらでもよい、なんだっていい。失礼だが、そうとしか思えなかった僕に、ソンジュさんはあえてなかば、ご自分でそう決めてくださったような気がした。――そういったところもまた、僕はこんな状況でも少し心地良く感じてしまった。…些細なことであろうとも、決断という行為は、はっきりいって疲れるものだからだ。   「……それで…?」――ソンジュさんは、白く丸いフォルムのシュガーポットを開け、そこに入っていた銀色の小さなトングで角砂糖をひとつ(つま)みながら、更に聞かせて、と促してくる。 「……えっと、だから…、だから逃げ出したんです…僕なんかが、ソンジュさんの側にいてはならないと思って…――お互いのために、僕は…貴方と一緒にいては、駄目だと…、もう、身を引こうと……」   「……、しかし、俺が思うにユンファさんは…――なぜか、俺が()()()()()()()()()()と言ったあと、落ち込んで…そして衝動的に、俺から逃げ出した……」    ポチャン、ポチャンと、一つ、二つ――白い角砂糖が、ティーカップの中に落とされてゆく。   「……あ…、…」    僕はソンジュさんにそう指摘されてから今さら、先ほどの会話に齟齬(そご)があったことに気が付いた。   “「…ユンファさんは何か…()()、ということに思うところがあって、俺から逃げた…――そんな気がしているのですが、どうでしょう…?」”    ソンジュさんが出してくれたこの助け舟だが、僕は肝心の()()の話をせず、なぜか「ソンジュさんに自分は相応しくないから(逃げました)」という旨の返答をしてしまったのだ。  どうやら僕の頭は、自分が思っているより、理解力が落ちてしまうほどに緊迫しているらしい。   「…それは…――そう……」    言わなければならない。  とても、言いにくい。つらい羞恥心さえ覚える。  しかし僕は、端から嘘などつけない。――ソンジュさんには嘘も真実も、全てが見透かされてしまうからだ。  だが、なら黙って、何も言わなければよい。――そうもいかないのが、現状である。    いや、僕は言うべきだ。  すべてを打ち明けるべきだ。  たとえ、…どうなろうとも。   「……あ、貴方の…子が……」    僕は泣きそうになりながら深く俯き、恐怖に固く目を瞑った。――怖いのだ。…ソンジュさんに、鬱陶しいだとか、()()()()を否定されることが。  だが、僕は言わなければならない――。     「ソンジュさんの子が、…どうしても…欲しくて……」      僕はうなだれ、下腹部をそっと片手で押さえた。  もし叶うなら、産みたかった。――このままでいれば、僕はほぼ確実に、ソンジュさんの子を妊娠できる。  オメガ排卵期がきてくれたからだ。――まだ僕のお腹の中には、ソンジュさんの精液が残っているからだ。    またとないチャンスだった。…好きになれた人の子に、会える…――僕の、つかの間の幸せの象徴に、このまま避妊薬を飲みさえしなければ――きっと、その子に会える。    はず、だったが…もう此処に戻ってきてしまっては、きっともう僕は、そのチャンスを失ってしまった。  そう思うと、胸で膨らんだ悲しい思いが喉元まで込み上げてきては、僕の喉を強張らせて詰まらせる。  ゴクリと一度それを飲み下し、また胸に一度戻して、僕はうなだれたまま、何度も目をしばたたかせた。   「…っごめんなさい…ごめんなさい本当に…子供を取り上げられると、思ったんです、――貴方のご両親に、堕ろしなさいと言われるのが怖くて…」   「……、それは……」   「…っこんなチャンス、もう二度と無いんだ、僕なんかには、もう、――だから…避妊薬を飲みたく、なかったんです、…産みたかった…、…っ」    今押さえたこのお腹に、宿る子供――。  神様の子。――僕なんかが育ててはおこがましいかもしれないくらい、神聖で――とても幸せな、子。  世界で一番幸せな子にしてあげたかった。   「…勝手で、本当、馬鹿でごめんなさい、…っおこがましいが、悲しくて、避妊薬を飲まなきゃいけないんだと、…妊娠したらいけないんだと、思ったら、――飲みたくなかったんだ…っソンジュさんに愛していただけて、貴方は優しくて、…僕幸せで、嬉しくて、ほんとに貴方が好きで、…っソンジュさんを愛して、…だけど、…僕なんかじゃ許されないと思って、…っ」    もう堰を切って溢れ出てきてしまった悲しみが、僕の目からポタポタ落ちてゆく。――必死に言おう、言おう、打ち明けようとすると、まとまりもなく下手な言葉が、溢れ出てゆく。   「…どうしても産みたくて、でも、堕ろせって言われるくらいなら、一人で産んで育てようって、…許されないだろうし、僕なんかじゃ駄目だと言われるに決まってる、だろうと…僕なんかじゃ、ソンジュさんがご両親に何言われるかわからない、…だから、――だから逃げました、…」    溢れて溢れて――涙も、(つたな)い言葉も、止まらない。   「…っ逃げて、…っソンジュさんから、九条ヲク家から逃げて、僕、――勝手に、…こっそりお腹の子を産んで、…一人で育てようと思って…僕、…」    目元をしかめて、ぎゅっと目を瞑ると、…ぽたり。  僕のバスローブを纏った腿に、また熱い涙が落ちていった。   「…っだから逃げたんです、身を引こうと思った、…幸せなまま消えようって、――ソンジュさんを愛してるから、僕が此処にいたらいけないと思った、貴方のためにも、この子のためにも、…僕の、…ためにも、――僕は、馬鹿だ、…でも、だから、僕は、だから貴方から逃げました、…」             

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