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ソンジュさんは長く太い、白っぽい金色の毛が豊かに生えている腕を前に伸ばし――僕の体を越えて、テーブルの上にあるティーポットを取ると、鷹揚 な動きでそれのフタを押さえ、フチが金色に塗られたティーカップへと細い口を傾ける。
ちゃぽぽぽ……赤みがかった中の紅茶が穏やかに、白んだ湯気をうすく立てながらも、ティーカップへと注がれてゆく…――。
「さあ、まずは貴方の話を聞かせて…? なぜ俺から逃げたのか……」
「……それは、…その……」
僕は感じている恐怖からすぐにはさっと立ち直れず、口ごもっては目線を伏せる。――えっと…なん、…何を話さなければならなかったのか、…それすらも強張っている僕の頭には浮かんでこなくなっている。
話さなければならない。話さないつもりもない。
もうすべてを打ち明けようと覚悟している。
あるいは僕たちの別れに繋がるようなことかもしれないが、それでも僕は、せめて最後に誠実性を通すべきだ。
そして、今後どうするのか、お互いにとっての最善の形を探り、相談しあって、どうなるにしても、何にしても、きちんとお互いが合意をした決断を…――という気持ちは、山々なのだが。
「……ぁ、あの、……」
何を…打ち明ければ。
どこから話せば。
どう、言えば。
恐怖という緊張に、今僕は、頭が真っ白なのだ。
そもそも話題的に言いにくいこと、ではある。
しかし僕はそのことを、話さないというつもりはもう、毛頭ない。――話すつもりだ。
たとえどうなろうとも――だが、
「…ぁ…ぁ、…あの、…えっと……」
ビリビリと痺れている僕のうなじが、僕の頭を痺れさせて真っ白にしている。
あまりにも話を切り出さない、というよりか、何をどう言ったらいいのかさえわからないで口ごもってばかりの僕を見兼ねたのか、ある意味では今一番の敵であるかもしれないソンジュさんが、こう助け舟を出してくれた。
「…ユンファさんは何か…子 供 、ということに思うところがあって、俺から逃げた…――俺はそんな気がしているのですが、どうでしょう…?」
ハッと気が付くように、僕はその助け舟に乗った。
「…あ、そっそうです、ごめんなさい…僕は、…僕なんかじゃソンジュさんには、とても相応しくないと思って、…」
「……、相応しくない…?」
そして僕は、早く終わらせたいというように急いでしまった早口、かつ震えた声でこう打ち明けた。
「…え、…と、…だから、つまり…性奴隷だった僕なんかじゃ、ソンジュさんの伴侶として、貴方のご両親や、世間…条ヲク家の方々…――認められるはずがないと考えました、許されるはずがないと、性奴隷だった僕なんかと貴方じゃ、何もかもが釣り合わない、だから…だから逃げました……」
胸がぐっと詰まって、今にも泣きそうだった。
ただ、ひとまずは――ソンジュさんのお陰で――山場たるものを越えられたような気がして、ほっと安堵し息をつく。
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