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                  「……、ユンファさんはきっと、俺たちのこの運命を、悲劇的に思っているのかもしれない…――だけれどね……」    片手で僕の鎖骨辺りを押さえ、僕の背に密着するふわふわとしたソンジュさんの上体。――そして、彼のもう片腕はまた、テーブルのほうへと伸びてゆく。   「…今までの貴方の運命は、渋く冷めた紅茶のようであったのでしょうね、お気の毒…――しかし、()()()()()()()()()()……」    掴まれたティーカップ――先ほど注いだあと、話をしてしまったために冷えた紅茶が――傾くティーカップ、テーブルの横、床へとバチャバチャバチャ…捨てられてゆく。   「…()()()()()()()()()のです。…ふ、…ふふふ…()()()()()()()()()()()なんて、要らないでしょう…?」   「……、…」    じわりと感じた狂気…――僕はまた、ソンジュさんがカチンとくる何かをしてしまった、言ってしまったらしい。  カチャン…ソーサーに戻ってきたティーカップに、ティーポットの口が寄せられ、傾き――こぽぽ…と新たに注がれる紅茶はいまだ、うすく湯気が立っている。ティーポットで保温されていたからだろうか。   「そして運命とは…残りがある限り何度だって、こうしてはじめからやり直せるものです。…まだユンファさんの運命は空になっていませんし、冷めてもいません。――貴方のティーポットの中には、まだあたたかい運命が残っている……まだ諦めないでよいのですよ。そんなに早く諦めては、勿体(もったい)ない……」   「…………」    そしてカチャ…と開けられたシュガーポットのフタ、そに入っていた銀色の小さなトング――壺の中から一つ、銀色の小さなトングの先が、白い角砂糖を摘む。   「…紅茶が運命だとするのなら…――この角砂糖は、いわば()()()()…かもしれませんね」   「…………」    ポチャン…――赤味のある紅茶の中へ落とされ、沈んでいった角砂糖。…僕の耳の横で聞こえている、ソンジュさんの甘い声。 「…ほら。…見ていてね……角砂糖は紅茶に沈んで、どんどん…崩れてゆきます…――ほろほろ…と、周りから、紅茶という()()に、()()()()が懐柔されてゆく……」   「……、…」    角から、小さな砂糖の粒が落ちてゆき…赤い紅茶の中でほろほろと崩れてゆく、その角砂糖。 「…たとえ抗おうとも、こうなってしまえば角砂糖は、もう角砂糖のままではいられない…――そして紅茶のほうもまた、砂糖の入っていない紅茶にはもう、二度と戻れません……」   「……、…」    僕はもう…ソンジュさんと出逢っていない頃の自分には、戻れない。――そして彼もまた、僕と出逢っていない自分には戻れないのだと、そう言われているようだった。         

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