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                        「……ゆ、ユンファさん…、貴方は迂闊に、俺のことを許すべきではありません…――忘れないでくれ、俺は今…“狼化”している…、グ……ユンファさん、もうこれ以上は…フェロモンの匂いもあって、いつもより()()が酷いんだ、俺……優しくしたいから、どうかもう…いっそ離れ…」   「…嫌だ…! 許すとか許さないとかじゃなくて、僕は貴方のことをどうしたって憎めないんだ、…優しくなんかしないでいいから、どうしても無理だから、もう好きにしたらいい、だってどうしても僕は、――どうしてもソンジュさんが好きだ、…どうしたらいいんだろう、僕は……」    我ながらどうしたらいいのかわからなくて、困惑している。――思えば確かに僕は先ほど、ソンジュさんに酷いことをされたのだろう。…だというのに、僕は全然ソンジュさんのことを嫌いになどなれず、憎むこともできず、むしろ…下手すれば僕は、もっと彼のことを好きになっているようですらある。――我ながら困惑している。  身を引くべきなんだろうに――ソンジュさんの側に、僕なんかが居ていいはずがないのに――どうしたらいいのだろう。――離れたくない。   「…っ僕、……別れたくない、貴方と……!」   「……、…」    ソンジュさんは言葉を失ったようである。  だがもう、僕は嗚咽の勢いのままに、ふるふると俯いた顔を横に振った。   「どうしたらいいんでしょうか、…身を引くべきなんだ、貴方の側にいちゃいけないのは僕だ、僕なんだ、それなのに、――もう離れたくない、逃げるなんてもうしたくない、ソンジュさんの側にいたい、どうしよう、…どうしたらいいんだ、僕…っ」   「…ユンファ…さん、わかりましたから…もう、それ以上は言わないで、駄目だ…俺、また……」    しかし、僕は嫌だと頭を横に振った。   「……貴方がいいんです…っ僕は、身分不相応だけど、ソンジュさんだから、うなじを噛まれたいんだ、…」   「……ユン、ファ…っやめろ、……やめて…」   「…どうしたら…僕、僕は…――ソンジュさんの側に、ずっといられますか…? どうしたらいいんだろう、どうしたら貴方のご両親にも認めていただけるのかな、…どうなったらずっと側に、僕を置いてくださいますか、…どうなったら性奴隷の僕でも、ソンジュさんとずっと一緒に…、……ぁ…っ!」    僕が泣きながらそう喚いていると、ソンジュさんはガルルと怒ったように唸り、僕のことをドタッと床に押し倒してきた。   「……は…、ソンジュさ…」   「ねえユンファ…?」   「……ソンジュさん、あ、あの、……ぁ…」    ソンジュさんの翳った虚ろな水色の瞳が――青白い光を放っている。…僕は自然とゆっくり…顎を上げてゆく、しかない。「だから駄目だって言ったじゃないか…」泣きそうな顔とその声で言ったあと、僕に馬乗りになったソンジュさんは、また虚ろな目をして僕をぼんやりと見下ろしてくる。   「…なあに…? どうしたの、俺のユンファ…」   「……ッ、…ク、…――。」    何も、…言えない。  いや…言えるわけが、ない、のだ。   「…駄目…駄目だって、駄目ぇ…、…もう逃げないで…というか、俺から逃げられるなんて、そんな愚かなことはもう二度と考えないで…――その思考をしたってだけで俺はもう、殺したいほどムカつくから……」   「……ッ、……ッ」    何も言えない。  ぬるる…と喉の全面を、その大きな手で撫でられたあと、僕はそのまま首をグッと――ソンジュさんのその手に、絞められている、から、だ。…しかし僕が見上げているソンジュさんはぬらりとした虚ろな目をするときと、「駄目、駄目」と呟いて怯えた目をするときがある。   「…もう俺を馬鹿にしないで。俺は真剣なんだ…俺はこんなにも真剣に、ユンファを愛しているんだ…――俺言ったよね…、俺を裏切ったら、殺してやるって……ち、違う…駄目…駄目…やめろ、抑えろ…、()()()()……」   「……ッ、…ぅぐ…ッ」    僕はさすがに、ソンジュさんのその手を引き剥がそうと精一杯両手でもがくが、その人の力があまりにも強く、ただただ自分の喉を引っ掻いているばかりになっている。   「…あれ冗談だとでも思っていた…? ふふ、それに俺は、貴方にこういったことも言ったはずだ…――俺の側に居さえすれば、ユンファは安全だよ、と…。では、俺の側から離れたら、なぜ貴方は危険なのか…、わかる…?」   「……カは、…は、…は……」    僕の首を絞めてくるソンジュさんの手の、その力がわずかに緩められる。――するとギリギリ呼吸をすることばかりは叶い、ヒューヒューと狭められた僕の喉が鳴るが、まるで今はソンジュさんの中に二人いるような…「問題ない問題ない問題ない、…早く俺から逃げろ…」その切実な呟きを聞く。   「…俺がユンファのことを…こうして殺してしまうからだよ…、ね…? だからもうずっと俺の側にいてね、ユンファ……」    やけに哀れっぽい声でそう囁いてくるソンジュさんに、僕は頷くこともできないままで目を瞑る。――僕の唇はこう、声も何もなく動いた。   「……いいよ、ソンジュ」    僕は本当に、このままでは殺されてしまうのかもしれない。――だが僕は自らもがくことをやめ、息をすることもやめた。…彼に殺されるというよりは、自ら死ぬのかもしれない。いや、そのほうがいい。――そのほうがまだ、ソンジュさんを苦しめないような気がするからだ。  しかし、なぜ今僕が息を止めたのかは、自分でもよくわからない。――僕は案外、深いところではこうなることを望んでいるのかもしれない。…愛されているが故に、僕はその愛に首を締められ、縛られ、拘束されている。――ソンジュさんのこの温かい手もまた、一つの首輪なのかもしれない。       「…っそうやって綺麗な顔して、俺を許すなよ、ユンファ…――ッ!」        泣きながらそう悲痛な叫びをあげたソンジュさんに、僕はゆっくりとまぶたを上げて――穏やかな気持ちで、彼の泣いて潤んだ水色の瞳を見上げ、見つめ…微笑んだ。         「殺して……」           

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