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「…はは、可愛いな…もしかしてユンファさんは、俺のおちんちんが欲しいの…?」
「……、…、…」
シャーッと心地良い温度のシャワーで、僕の体についた泡を優しく流してゆくソンジュさんは、どこか淫靡なゆったりの手付きで僕の体を撫で回してくる――それはあたかも泡を流すためのようであり、ぞくぞくしてしまう僕のほうが間違っているのだろう、と思いはするのだが。
「……欲しい……」
僕はなかば泣きそうになり、熱すぎる顔を顰めながらそう告白した。――告白したが…あまりにも小さな声、かつシャワーの水音に紛れて、自分でもよくは聞こえなかったほどだ。
「……、え…? ごめん…いや、これは意地悪ではなくて――さすがにシャワーの音で……」
「…な、なんでもありません、…」
するとすっかり正気を取り戻したようなソンジュさんが、はたと手を止めて訝る。――僕はすぐに顔をふるふると横に振って、無かったことにしておく。
ソンジュさんは黙って僕の体にシャワーのお湯を当てていたが、それが済むとキュッとシャワーを止め、そして、シャワーヘッドをフックに戻してから。
「……ユンファさん…その、本当に…さっきは本当にごめんなさい…。もちろん謝れば済むことでも、許されることでもありませんが…――俺、また正気を失って、…貴方に暴力を、…誰よりも大切な貴方に、なんて酷いことを…ただ、この流れで言えば単なる言い訳ですが、その……」
「……、…」
ふるっと顔を横に振った僕は、その顔が死ぬほど、ヤケドしそうなほどに熱いが――それでいて先ほどビンタされた頬は、別にもう痛くも痒くもない――意を決して体を返し、振り返った。…そしてソンジュさんにぎゅっと抱き着く。
「……っ? ユンファさん…?」
「……、…、…」
裸で抱き着いてしまった、いやだからなんだというんだ、もうよくわからないが、僕は結構(自分で思い切って抱き着いた癖に)混乱している。
「…僕は…っ僕、――ソンジュさんが、…」
「……、…」
「……、…、…」
ヤバい、なんて言いたかったのか…忘れた。
どうしよう、忘れた。――あまりにも緊張して、あまりにも失敗したくないと体も頭も強張ってしまって、どうしようもないほどに体中熱くなって、結果…ド忘れした。
「……ぼ、暴力…、暴力も…嬉しかったです……」
「……、ぁ…はあ…え…? ぁいや、――いや駄目ですよ、そんなことをおっしゃられたら…」
「っま、マゾなので…嬉しかったです、本当に…」
違うんだが…――僕は確実に、こんなことを言いたかったわけではないのだが、どうしてかこんな変態じみた告白をソンジュさんにしてしてしまった。結果、ソンジュさんを困らせてもいる。
「……だと…しても。俺はもう自分を許せません…、ユンファさん…――もし、もう俺のことが怖いと…幻滅されたりですとか、その……つまり、貴方は逃げてもいい。俺から逃げてもいいんです。むしろ、今俺が正気である内に、貴方は逃げるべきかもしれませ…」
「逃げません…っ」
僕はそう言われて、なぜか泣いてしまった。
ソンジュさんの大きな体にぎゅううっと抱き着きながら、ふるふると顔を横に振った。
「……逃げ、ません、…もう逃げません、僕…っ」
「……ですが…」
「貴方が好きです、どうしても貴方が好き、…っ」
ソンジュさんのふかふかした体毛――胸板に顔を埋めて子供のようにむずがる僕は、実に恥ずかしい奴かもしれないと頭の隅のほうでは思っている。――しかし僕の手は、ソンジュさんの羽織っているシルクのバスローブ、背中のその布をぎゅうっと握り締め、離れるつもりはない。
「どんなに酷くされてもいいんです、殺されてもいいんです、…だって…――ソンジュさんは暴力さえ、ケグリ氏たちより優しかった……」
「……、…、…」
ソンジュさんは僕の後ろ頭を、そっと撫でてきた。
包み込むようにふわ…ふわ…と、そしてソンジュさんは、僕のことを全身で包み込むように抱き締め返してくださる。――すると、僕はもうソンジュさんのその優しさに感極まって、泣いてしまう。
照らし合わさられるお仕置きの記憶と――今のこの蕩けるような優しく幸せな時間に、泣いてしまうのだ。
「……っ、…っ何度も、水を張ったバスタブに頭を沈められました、何度も頬が腫れるまでビンタされた、血塗れになるまで鞭で打たれました、体中痛くて、そのあと一日、押し入れに、…寒い押し入れに…手も足も拘束されて、バイブ挿れられて、真っ暗な押し入れにいたこともあって、…あの人たちは笑いながら、犯しながら、それを楽しんでた、……」
「…ユンファさん…ですが、比較して俺のほうがまだ優しいからとか、マシだからというので……」
「っ違う…たとえソンジュさんが、ケグリ氏たちと同じことをしてきたとしても…僕は貴方が好きです…――幻滅なんかしません、…だからって恋をしているとか愛してるとか、…っそんな綺麗なことはとても言えない、愛なのか恋なのかも正直わかってない、僕のこの気持ちが、…そう呼んでいいものなのかどうかもわからない、でも…とにかく…――貴方が、好きなんです……それでも……」
酷くされても――何をされても――僕は、ソンジュさんに幻滅などしなかった。…不思議なことに、むしろ愛されているからここまで苛烈なことをされるんだ、と、本気で嬉しかったくらいなのだ。
「…叶うなら、僕も貴方のつがいになりたい…っん…♡ だ、だけど…――だけど…、…、……」
ずる…と僕は、ソンジュさんの胸板に額をこすりつけながら、ゆっくりと下へ――ガタガタ脚が震えて、膝が抜けてしまうばかりに、その場に膝をつき、自然と正座した。
そして僕は泣きながらうなだれ、ぎゅっと目を瞑った。
「…だけど、…――ソンジュさんが不幸になるのだけは嫌だ、…僕…っ僕のせいで貴方が、…貴方が、僕のせいで苦しい思いをしたらと思うと、どうしたらいいのかわからないんだ、僕は馬鹿だから…っ」
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