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「…ソンジュさん」
僕はなかばもう既に申し訳なくなりつつも、真剣にソンジュさんを見上げた。
「要するに、僕のせい…なんですよね。あの…僕は大丈夫ですから、今後のためにもその辺りは濁さないでください。僕のせいでソンジュさんは、先ほど苦しい思いをされたんでしょうか…そうならごめんなさい。…どうしたほうがいいとか、僕に改善できそうなことはありますか」
僕が覚悟を決め、慎重にそう尋ねると――ソンジュさんはぐるぅ…っと目を回し、顔を上へ向けて額を押さえた。
「……、…、わかりました。貴方が天 然 なのはもう既によくわかっていたことだ…――いいでしょう、俺が先ほど苦しくなった理由の件、もう何も恐れずはっきり言いますが…」
「…はあ…天然…、いえ。はい、はっきりお願いします」
今回の件で天然などと言われるとは、さすがに予想外だったが。――何にしてもソンジュさんが想定している原因、僕の改善点はぜひ聞かせてほしいと意気込む僕は、わずか前のめりになるほど待ち構える。
「…それは例えば――ユンファさんが例 の 単 語 に反応して、艶やかな声を出されるですとか」
「……? はい…」
艶やかな声…つまり僕が喘いだ…――のが、原因。
どういうことだ…あ。おそらくは耳障りだとか、殊に今は“狼化”していて、ソンジュさんは聴覚もより敏感になっているのかもしれない。その上で嬌声というのは、キーンと耳をつんざくように聞こえるということだろうか。
ソンジュさんは上を向いたまま、やはり額を押さえたままに。
「ユンファさんがぴくんっと可愛く体を跳ねさせ、美しい顔を色っぽく…尚且つ、困ったように歪められているですとか」
「……はい…、……?」
僕が顔を歪め…体を跳ねさせ…るのが、原因?
どういうことだろう…いや。まさか“運命の……”というのは、体が見えない何かで繋がって――いやいや、さすがにファンタジーすぎるか、その仮説は。
しかし、僕はこれまでファンタジーだとさえ思ってきたその(暫定)“運命の……”のお相手が目の前に、しかも、それのせいでオメガ排卵期にも変化が起こっているようなのである。
すると案外、有り得ないことだ、と頭ごなしに否定することはできないのかもしれない。
「白い頬を薄桃色に染めてはにかみ、とろんとした涙目で俺を見ながら、“ごめんなさい”とおっしゃられる…ですとか」
「…はあ…、要するに卑屈すぎた…ということでしょうか…? 気を付けます…」
何かご不快な思いをさせてしまったのか。
いや、確かにソンジュさんは僕がついつい言ってしまう「ごめんなさい」、どうも性奴隷ムーブすぎて心が痛むのか、「いずれ直していこうね」というスタンスである。
ましてや先ほど彼が説明してくださった通り、“狼化”中は情緒不安定にもなっているという。――すると僕のその卑屈なところや、恥ずかしがっているような姿が鬱陶しいように思えて、彼の気に障ったのかもしれない。
「……、あの、そうではなくてね…――どうしてここまで言っても尚ご理解いただけないのか、正直俺頭おかしくなりそうだよ…、…いえ、更に言って…――はぁ…と熱っぽい吐息を静かに吐きながら、お腹を擦っている姿ですとか」
「……? ……」
僕は指先で唇を押さえた、だんだん混乱してきた、わからない…わからない、もうわからないが――お腹はなんだろうか、もう本当にわからなくなってきたんだが…――いや、要するに僕の改善できそうなことって、息を吐くな…ということなのか、まさかとは思うが。しかしその生命活動をやめてしまったら、それこそ僕は死んでしまう。
「い、息を…しないというのはさすがに、ごめんなさい…あっでも、わかりました…――鼻呼吸に努めます」
いや、曰くフェロモンというものは唾液にも多少含まれているそうで、すると嗅覚のよいソンジュさんには、僕の吐息さえも辛い思いをさせてしまったのかもしれない。
「ですが、なら話もあまりしないほうが…?」
「違う…息はして、ちゃんと。話してもいいよ、大丈夫」
「はあ…はい、ありがとうございます。――あの…ところで申し訳ないんですが、総括的に見ても正直…僕には原因が何なのかわからない…、つまり…?」
僕が喘ぎ、僕の体がぴくんっと跳ね、顔を歪め、頬を赤くして、涙目になって恥ずかしがりながら彼を見て「ごめんなさい」、ため息をつき、下腹部を擦った結果――ソンジュさんが苦しくなった…いや、どういうことだ??
思うに、頭の良い人と会話が噛み合わないというのは、おそらくこういったことである。さすがにお手上げだ。
するとソンジュさんは上を向いたまま、大きな片手で自分の目元を覆い隠し。
「わかりました。もう取り繕うのはやめます」
「はい、すみません」
「――エロいから。」
「…エロいから」
僕は、頭の良いソンジュさんの言葉を少しでもよく理解をしようと意気込んだばかりに、オウム返しをしてしまった。――エロいから。……、…エロいから…?
「…エロいから…?」
「はい。ユンファさんがエロくて可愛くて襲いたくなるから。我慢ができなくなるから。苦しかったんです。」
ソンジュさんはどこかヤケクソ気味にそう言うのだが、僕は目を瞠った。
「……、はあぁ…なるほど。…そういうことだったのか、いや、思っていたより単純なことだったんですね」
これは目からウロコだ。
てっきりもっと複雑な事情があるのかと思っていた僕は、その通り複雑に考えすぎていたようだ。…ましてや頭の良いソンジュさんから、まさか単純な「エロいから」という理由を聞くことになるとは。――それが意外なあまりに僕は、真顔になってしまった。
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