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                        「……、…」    目を閉ざしている。…僕はソンジュさんの優しい手のひらの下、僕の頬を伝ってゆくあたたかい道の存在に、はぁ、と息を小さく吸った。  なぜ貴方は僕のことを、こうして泣かせるのだろう。  嬉しくて、有り難くて、安心して、あたたかい気持ちが溢れても僕は、泣いてしまう。  そのことはもう知っているのだろうに、なぜ貴方は僕が泣いてしまうようなことを、あまりにも簡単に言えてしまうのだろうか。――少しだけ憎らしいふりがしたくなる。   「…俺の言葉に泣いてくれるなんて…こんなに嬉しいことはないよ、ありがとうユンファさん。…言葉を扱う仕事をしている俺にとっては、とても光栄なことだ。…愛する人が自分の言葉に感動し、静かに綺麗な涙を頬に伝わせる…こんなに美しいことはない。――美しい人が、美しい涙を頬に、つーっと伝わせる…その美しい姿……心が潤う。」   「……、…ふふ……」    僕は美しくなんかない。僕は綺麗じゃない。むしろ…どうしたってそう、ソンジュさんの褒め言葉を頭の中で否定してしまう僕もいる。――それでいて少し、真に受けているところもあるのだろう。  だからこんなにもドキドキして、何も言えないのだ。  ソンジュさんのロマンティックな言葉に聞き入って、だから泣いてしまったのだ。――だから僕は今、ホッとしたように笑えたのだ。    す…とまぶたの裏が明るくなる。――ソンジュさんの手はゆっくりと僕のこめかみを撫で、横髪を撫で…その手はするりとひと束、僕の後ろ髪をすくってそこに、口付けているような。   「…俺の王子様だ、ユンファさんは…髪まで本当に綺麗だよ…。さらさらと絹のように、艶美な(からす)の濡れ羽色…しかも好きな人の髪から、普段自分が使っているシャンプーの匂いがしている…――ユンファの髪の毛には大象も繋がる…。幸せだ……」   「……はは…、…」    苦笑してしまった。  いや、ソンジュさんはユンファの…とはいうが、それは本当のところ“女の髪の毛には大象も繋がる”――女性の艶美な髪、もっといえば、女性の魅力にはどんな存在(巨大な象ですら)も(かな)わない…という意味のことわざである。  例えば女性が「行かないで」と涙ながらに縋れば、男性はその美しい涙や色香に敵わず、行こうとしていた足を止めてしまう…というようなことだ。  しかし、さすがにオーバーロマンチックである。   「…どうしてこんなに…髪の先まで綺麗なの…? ユンファさんは本当に綺麗だ…、どうしよう…――やっぱり心配だよ、俺は……」   「……、……」    また雲行きが怪しくなってきたようである。  まあご本人も言っていたが彼、本当にひょんなことで、本気で心配になってしまうようだ。――実際ソンジュさんは僕の背後で不安げな、泣きそうな声でこう呟くのだ。   「どうしよう…またユンファが犯されてしまったら、またユンファが汚い男たちに付け狙われたら…貴方が死んでしまったら俺、…生きてゆけないのに……」   「……、…」    ゴキュリ…控えめなやや甲高い音が、僕の喉から鳴った。――緊張に口内が乾いているというのに、それでもなんとか気を宥めようと、唾液を飲み込まずにはいられなかったのだ。   「…離れるからだ…俺から離れるから、あんな薄汚ぇ男なんかに触られるんだ、どうして…どうして俺から離れたの、離れないでくれって言ったじゃないか…いや――問題ない…、問題ない…大丈夫、大丈夫……」   「……、…、…」    なるほど…ソンジュさんの「問題ない」は、彼なりに自分の衝動性をコントロールしようというための言葉だったのか。…しかし僕は、自分の視界が小刻みに揺れていることに気がついた。――これはマズい。  そしてソンジュさんは「駄目だ、やっぱり…」と、何か沈んだ声を後ろで出し、不安げな様子でこう言うのだ。   「…やっぱり心配だ…ユンファさんはあまりにも美しくて、魅力的だから…――いや…そうだ」   「……、…」    何かにひらめいたようなソンジュさんは、ふわりと僕を後ろから抱き締めて、柔らかい笑みを含ませながら。       「――()()()()()()()のはどうでしょう…?」       「…は、…」    貞操帯…――?  ソンジュさんは恐ろしいほど柔らかい声で、僕のことを後ろから包み込むように抱き締めつつ。   「…ふふ…いえもちろん、これからユンファさんの意思で俺以外の誰かとセックスをする、なんてことは起こり得ないでしょうけれど、いや絶対に起こさせやしませんけれど…()()として。貴方は誰が見ても唆られるほどお美しいのだ…――それをご自覚いただくためにも。もう誰にも犯されたりしないためにも……」   「…も、もう、絶対っに、逃げたりしませんから、もう貴方以外の人と、絶対セックスはしません、――何でもお言い付けは守ります、だから、…て…貞操帯、だけは……」    自分で思っているよりもガタガタと怯えている辿々しい調子で、僕はそうソンジュさんに哀願した。――貞操帯。    以前僕は、ケグリ氏に調教として()()を着けられたことがある。…それはまあ一週間程度の話ではあったが、僕は貞操帯を着けられてしまうと、あまりにも生活に自由がなくなることを、もうそれでよくわかっているのだ。  管理されている。飼われている。僕にはなんの自由も与えられない。僕が生きてゆくための、すべての権利を誰かに掌握されている。――その認識が強まるようなあの生活には、もうとても戻りたくはない。   「……、ごめんね、怯えさせるつもりはなかったのだけれど…、貴方を守るためだと思って…――ですが、もちろんユンファさんが嫌ならいたしません。」   「……はぁ……」    僕は安堵のため息が出て、体の緊張もそれによって解けたものの――にわかに後ろからぎゅうっと僕を抱きすくめてきたソンジュさんに、ビクンッと大きく跳ねた僕の体、ドッと押し寄せてくるような警戒の鼓動に、僕の冷えた下唇がカタカタと震える。   「…俺は本当に、ユンファさんが嫌なことはしません。本当は…誰よりも大切な貴方だけは、何よりも優先して尊重してゆきたい…――ただしばらくは、俺の側から片時も離れないで…。正直不安なんだ、貴方がどこかへまた逃げてしまったら…――そうしたら貴方は、また誰かの性奴隷とされて、汚辱の目に合ってしまうかもしれない……」   「……、…、…」    本気で泣きそうな声である。  僕はとにかく、ソンジュさんの腕の中でコクコクと何度も浅く頷いた。――これはまたマズい方向に行っている。  先ほどの冷静に努めていたソンジュさんは「しばらく自分たちは離れていたほうがいいかもしれない」と、しかし今のソンジュさんは不安に駆られて、「もう片時も離れないで」…これはきっとまた僕が間違えれば彼、()()してしまうことだろう。       

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